トラウマ、復讐…人生3度の挫折。後妻業に染まった女はどこで間違えたのか【後妻業の女・筧千佐子#3/この世はカネと男!女犯罪者調書】
後妻業の女・筧千佐子死刑囚#3(高齢男性4人への殺人、強盗殺人未遂罪で死刑判決)
【この世はカネと男!女犯罪者調書】
親のことばに従って大学進学をあきらめ、大手銀行に就職して恋愛結婚した千佐子。しかし、夫の親族から田舎者扱いされ、夫婦で始めた印刷工場はうまくいかず、夫が急死。子ども2人を抱えて孤立無援になってしまう。 【前回はこちら】【初回はこちら】
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報道陣に向かって千佐子は「どうして私が毒なんか持ってるの」と平然と言い放っていた。たしかに、どこにでもいる主婦が毒物など手に入れられるはずがない。しかし、この弁明はすぐに崩れた。
印刷工場では青酸化合物が使われる。夫と印刷工場をやっていた千佐子は、青酸化合物を隠し持っていることが可能だった。
痕跡も残さずに10億円が消えた
もう一つの謎は推定10億円以上の金の使い道だ。豪邸を建てたり、海外旅行へ旅行したり、ホストに注ぎ込んだりした形跡はない。だから20年間も事件が発覚しなかったとも言える。しかし、それなら金はどこに行ったのか。逮捕時、千佐子の財布にはほとんど現金が入っていなかったという。
奪った金で、最初は商売の借金を返していたことは捜査でわかっている。しかし、同時期に千佐子は投資を始め、先物取引やFX(外国為替証拠金取引)に手を出すようになっていた。もともと頭が良く銀行員だった千佐子は、思い通りに利益を得ることもあっただろう。しかし、先物やFXはハイリスク・ハイリターンの投資だ。
勝てばもっと元手につぎ込んで多額の利益を手にしようと思うし、負ければこんな損失は一回勝てば取り戻せるとますます熱くなる。勝った瞬間、脳内は快楽物質のドーパミンでいっぱいになり、負けた瞬間の絶望感を忘れさせる。
多いときで数千万円の借金を背負ったという千佐子は、もうやめられない、引き返せない、ハイリスク投資の依存症になっていたのではないか。
トラウマ化した昭和の呪縛
「大学進学を断念」「嫁ぎ先での親族との不仲」「事業の失敗」という3回の挫折のうち、千佐子がもっとも傷ついたものは何だったのか。
頭が良くてガッツもある千佐子は、大学と事業に代わるものは努力で手に入れられたはずだ。いつまでも千佐子の心を苦しめたのは、夫の身内からの冷たい視線に傷つけられた経験だったのではないか。
逮捕後、千佐子は何度も「親族からの差別」と口にしている。差別とは大げさな言葉に聞こえるかもしれないが、昭和の日本は今以上に都市と地方の格差が大きかった。
都会の人間が田舎の人間をばかにするだけでなく、地方には地方で、「あの人は〇〇の出身だから」「先祖が〇〇だから」という差別の目線があり、学歴や職歴がよければ「いい気になってる」ときらう。そんな差別の連鎖が当時の日本にはあった。
地場産業で働くしかない中卒夫の親族が、大手銀行の行員だった千佐子をどんな目で見ていたか。ここにも昭和の呪縛があり、「何をしても私は良い目で見られることがない」と、千佐子を苦しめた。
「金に苦労した、大金を稼いで親族を見返したかった」と、捜査員に語った千佐子。投資で大勝ちしたときだけ、自分のプライドを傷つけた親族に勝ったと感じて、喜びに包まれた。
人を見返したいという願いが、復讐心に変わっていく。復讐心は誰のことも幸せにしない。当人も相手も、周囲の人の人生までも真っ暗にする。
プライドの回復のために千佐子が投資したのは、ただの金銭ではなく、罪もない男性たちの生命と千佐子に対する愛情だった。
数々の人の愛情を犠牲にして
死刑を待つ身として、筧千佐子は78歳の今も服役中だ(高齢男性4人に対する殺人と強盗殺人未遂罪で死刑判決が確定。今年3月、再審請求棄却)。
彼女の子ども2人はそれぞれ大学を卒業し、まっとうな人生を送っている。千佐子に「子どもを連れて帰っておいで」とすすめた母親は、その後自死したらしい。
メディアに対して過剰なほどしゃべる千佐子が、そのことについてくわしく語っていないのは、愛してくれた母の死だけは自分に都合のよいように語れない、深い後悔があるからではないか。
最後の犠牲者、筧勇夫さんの検視をした医師が、たまたま勇夫さんのかかりつけ医で、事件当日に元気な勇夫さんを診察していた。不審に思って司法解剖を求め、青酸化合物による毒死とわかり、過去の毒殺も一気に明るみに出た。
千佐子の人生をどこまで巻き戻したら、こんな凶行に手を染めずにすんだのか、ずっと考えているが答えは出ない。
どうか死刑執行になる前に、被害者一人一人を思い起こし、人の生命と愛情を復讐のいけにえにしてしまった人生を心から悔悛してほしい、と願うしかない。
【了】
【参考文献・映像】
・「筧千佐子 60回の告白 ルポ・連続青酸不審死事件」(安倍龍太郎/2018年/朝日新聞出版)
・「全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと」(小野一光/2018年/小学館)
・「脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体」(中野信子/2014年/幻冬舎新書)
・「サイコパス」(中野信子/2016年/文春新書)
・「ザ!世界仰天ニュース 連続殺人犯・筧千佐子…夫・交際相手を次々毒殺!カメラ前で嘘並べる」(日本テレビ/2023年8月29日放送)
・「後妻業の女」(大竹しのぶ主演・鶴橋康夫監督/2016年/東宝)
・「関西連続青酸殺人事件 筧千佐子死刑囚が泣きながら語った出生の秘密」(日刊ゲンダイDIGITAL/2022年3月13日配信)
・「「後妻業」で高齢男性を次々と籠絡、心の隙間に忍び込む毒婦の手口」(ダイヤモンドオンライン/2018年7月27日配信)
・「筧千佐子被告、死刑確定 被害者に「幸せ」といわしめた骨抜きテクと秀才少女時代」(週刊女性PRIME/2021年7月7日配信)
(神田つばき/女と性 専門ライター)