退職後のがん患者にとって「幸せな食事」とは何か…療養食開発者が味以上にこだわったこと
見た目や風味はそのままに、舌でつぶせる柔らかさ
味と同じくらい気を使ったのは見た目だ。食欲を刺激するホルモンの多くは胃から分泌されるため、胃を全摘した患者は食欲が湧きにくくなるが、「そんな時、料理の見た目でおいしそうと感じることが、食欲をかき立てる大きな要素になります。見た目が食欲を刺激し、なおかつ消化にもやさしい。食卓の名医はそんな食事をめざしました」。
だからこそ、見た目や風味をそのまま残しながら舌で簡単につぶせるほど柔らかくできる「凍結含浸法」は欠かせない技術。広島県立総合技術研究所食品工業技術センターが2002年に開発したこの技術との出合いが、商品を生み出す推進力になった。
一口食べてみると、歯ごたえを感じつつ、噛むとホロリと口の中でほどける。塩分も1食あたり2.2グラム以下に抑えられており、体にやさしい味わいだ。
「術後の患者さんだけでなく、胃腸の調子が悪い時や歯の矯正中など、誰もが安心して口にできるような療養食をめざしています。がんと向き合う時間が長くなった今、治療後の食事で悩むことなく、家族と同じ食卓を囲める。そんな日常が送れたらすてきだと思うのです」
食べた人の口から出る「おいしい」の一言が何よりの栄養剤になる。大久保さんのその思いが、がんなどの病気と向き合う人々の「食卓の名医」となるだろう。
(取材・文=いからしひろき)
▽大久保あさ美(おおくぼ・あさみ) 2014年、東京大学医学部付属病院の病態栄養治療部に入職。がん患者などの栄養指導に携わる。退院後の患者のフォローに限界を感じ、20年に西本Wismettac(ウィズメタック)ホールディングスに転職。22年、病態栄養専門管理栄養士の資格を取得。がん患者に寄り添った食事作りをめざしている。