大阪桐蔭・西谷監督が明かした“日本一のスカウティング”
「98年に監督になった頃はとにかく大変でした。PL全盛の時代で、どこに行っても『PLに決まってます』と取り付く島もなかった。PLを倒さないとどうにもならなかった。井元俊秀さん(現秋田・明桜高スカウト)がスカウトをされていて、『消えてほしい』とずっと思っていました」(西谷監督)
■「西谷先生が見に来ないと桐蔭に入れない」
社会科教諭である一方、週末は中学生の視察に出向くことが多いとか。大阪出身のある部員の話。
「中学1年の時に他校に進学が決まっていましたが、2年の時に西谷先生に試合を見に来ていただいた。『桐蔭へは西谷先生が見に来てくれないと入れない』と聞いていたし、やっぱり高校野球といえば甲子園に出ることが目標。甲子園に一番近い学校だと思ったんで入学を決めました」
他校に内定している選手も手に入れるくらいだから、これはという逸材はとことん追い掛ける。
「ウチが一番最初に行かせてもらった」
と、西谷監督が話すのは、実に100校が争奪戦を繰り広げたといわれる東海大相模の右腕・吉田凌(2年)について。兵庫出身の吉田は早い段階で東海大相模への進学が決まっていたが、