トンボのペニスは“先客の精子”をかき出すスプーン付き?
メノ・スヒルトハウゼン著、田沢恭子訳「ダーウィンの覗き穴」(早川書房 2000円+税)では、あらゆる生き物の交尾と、生殖器の複雑な進化について徹底考察。学術研究論文も多用された骨太な読み物である一方、随所にユーモアもちりばめられており、時折ニヤリとさせられる。
進化生物学が生殖器にまで関心を払うようになったのは、1979年とごく最近のこと。「サイエンス誌」にカワトンボのペニスに関する論文が発表されたことがきっかけだった。彼らのペニスには小さな“スプーン”がついていて、雄は交尾中にこれを使って雌の膣を掃除する。つまり、“先客”の精子をかき出すことが明らかにされたのだ。
これは、生物の生殖器が単に精子を受け渡すための器官ではなく、ある種の性淘汰が起こる場所でもあることの証しとなった。カワトンボの進化において、このスプーンの性能が高い雄ほど、たくさんの子孫を残していたためだ。
中世の三叉槍のような形状をしたペニスを持つネズミや、精液を送り込む触肢を雄自らが切断して雌の生殖管にふたをするクモ、ペニスをバイブレーターのように震わせるガガンボなど、本書では雄の生殖器に多彩な工夫が凝らされていることが分かる。ただしこれらは、雌による厳しい選抜を突破するための涙ぐましい努力でもある。
何しろ、精子が卵子にたどり着くまでの道のりは決して平坦なものではない。生殖管がジグザグと15回以上折り畳まれているハムスターや、10回のループを成す渦巻き2個で形成された生殖管を持つクモなど、雌のそれはやたらと複雑にできている。繁殖をもくろむ雄にとって、雌の体内への射精は第一歩に過ぎないことが分かる。
雌の生殖管を開くため、射精を伴わない“ドライセックス”を繰り返し、雌をその気にさせようと努力する生き物もいるという。自然の奥深さと生命の神秘に脱帽だ。