「ボクシング世界図鑑」ハリー・ムランほか著
己の拳だけを頼りに、力の限りを尽くして、倒すか倒されるかまで殴り合うボクシング――「史上最強」という称号がこれほどぴったりとくるスポーツもない。古代オリンピックの正式競技のひとつで、ホメロスの叙事詩「イーリアス」にも登場するほど、歴史は古い。
一方で、「世紀の対決」と世界中が注目した昨年5月のフロイド・メイウェザー・ジュニア(米国)とマニー・パッキャオ(フィリピン)による世界ウエルター級王座統一戦は、2人合わせて300億円以上というファイトマネーの額でも話題になった。
本書は、ボクシングがまだ非合法だったベアナックル(素手)・ファイトだった時代から、大金が動くショーへと発展した現代まで、その歴史をはじめ、ファンを沸かせた偉大なボクサーたちのプロフィルを収録。
そして19世紀末から今日まで連綿と受け継がれてきた階級別世界王座の軌跡などのデータまで、多くの写真を交えながらボクシングのすべてを網羅したカラー図鑑である。
記録によると、イギリスの初代チャンピオンはジェームズ・フィグ。彼は1720年代に指導者としても名を馳せ、彼の後継者のジャック・ブロートンがそれまで何をしてもかまわないケンカ同然だった試合にルールを導入、以後100年間、そのルールがボクシングの基準となったという。
さらに1867年に考案されたルールで、選手はようやくグローブを着用することになり、1ラウンド3分、間の休憩1分、そしてダウンして10秒以内に立ち上がらないと負けという現在の形が整った。
こうした競技としての歴史のほか、団体の歴史にも触れる。ボクシングは国際的な人気を誇りながらも管理団体が複数存在する稀有なスポーツでもある。それぞれの団体の歴史にはじまり、大金が動く試合を取り仕切るプロモーターや、選手を育てるトレーナーやマネジャーたちの人間模様にも肉薄する。
そして、何といってもハイライトは、歴史に刻まれた数々の名勝負の紙上再現であろう。
ベアナックル世界チャンピオンのジョン・L・サリバンと近代ボクシングの父と言われるジェームス・J・コーベットが戦ったボクシング史上の分岐点ともいえる1892年の世界ヘビー級タイトルマッチから、モハメド・アリとジョー・フレイジャーが長年のライバル関係に終止符を打った1975年の死闘、賭け率42対1という試合前の予想を覆し、無敵のマイク・タイソンがまさかのKO負けを喫した1990年のジェームズ・ダグラス戦など、臨場感あふれる写真と描写で、試合の興奮を伝える。
他の追随を許さぬ圧倒的な情報量で、まさにファン必携の一冊。(エクスナレッジ 3600円+税)