「神奈備」馳星周氏
登場人物は、実質このふたり。悪天候の山へ深く進むにつれ、ふたりの心理背景や人生観も深く濃密にさらけ出されていく。
「下界の余計なものを入れたくなかった。登山で疲れてくると、自分の中の夾雑物がなくなっていくんですよね。ただ、こすっからい計算はなくて、実は何も考えずに書いていたりもします。後で読むと、『俺、こんなこと書いたっけ?』と思うこともよくあります(笑い)」
潤と孝は、現代社会の切実感を切り取ったような存在でもある。毒親と貧困、独身中年男の孤独感と惑い。人物にリアリティーがあるだけではない。予測不能な自然災害に対する憂いと教訓も、今の時代につながるものがある。
「東日本大震災も、御嶽山噴火も、熊本大地震も、人間は忘れてしまう。福島の原発事故だって終わっていないのに。しかも現政権は自然災害だけでなく、戦争のことすら忘れて、なかったことにしようとしている。都合よく忘れて、すぐにバレる嘘をつくのは、現政権の得意技だけどね」
想像を絶する結末は読み手を裏切るというべきか、あるいは心の底に波紋を広げるというべきか。