歴史小説の醍醐味にひたる傑作長編

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「信長さまはもういない」谷津矢車著

 歴史小説に描かれた武将の意外な側面に触れたり、歴史上の人物と会社のあいつとの類似点を見つけてしまったり、乱世に生きる男の生きざまに自分を重ねてみたりと、歴史小説の楽しみ方は十人十色だ。今回は、戦国から明治期にかけての歴史小説の新刊から傑作5冊をご紹介!

 時は戦国の世。池田勝三郎恒興は、姉川の戦いで織田信長の命ずるままに戦場を駆けまわり、華々しい活躍を見せる。そんな恒興に信頼を寄せていた信長だったが、従うばかりで自分の考えを持たない恒興に対して突如怒り、一冊の帳面を投げつける。

 それは、信長が感得したものを書きとめた秘伝書。信長は恒興に犬山城を任せたものの、その覚書を理解せよと命じて以降、すっかりよそよそしくなってしまった。

 なんとか信頼を回復せねばと焦る恒興だったが、その願いもかなわぬうちに本能寺の変が勃発。主君を失った恒興は、さっそくさまざまな決断を迫られる。困った恒興は、信長からもらった秘伝書を開き、書かれている文言通りに行動する。すると不思議と窮地から救われることに気づくのだが……。

「蒲生の記」で第18回歴史群像大賞優秀賞を受賞した期待の若手時代小説家の最新作。情けなくも人間味あふれる恒興が、激動の時代に自分の生き方を見つけていく姿が魅力的に描かれている。

(光文社 1400円+税)

「叛骨 陸奥宗光の生涯」(上・下)津本陽著

 幕末から明治にかけて、明日が見えない時代のなかで近代日本の礎を築いた陸奥宗光。本書は、紀州藩の伊達宗広の六男として生まれてから、明治維新を経て日本の国家の基盤を築いた男の波瀾万丈の人生を追った長編歴史小説だ。

 幕府の下で働くことに見切りをつけて勝麟太郎の海軍塾に入塾し坂本竜馬と運命の出会いを果たした若き時代から、明治維新後に岩倉具視に推されて外交の場に立った後に各地の政治に力を注いだ時代、西南戦争後の不遇の投獄時代、特赦によって出獄後にヨーロッパに留学し国家学を学んだ時代、帰国後外務大臣として活躍した時代、日清戦争からやがて肺の病で倒れるまで、ジェットコースターのような人生の軌跡を追っていく。東洋の小さな国であった日本が、西洋の属国になることなく、いかに平等に渡り合うことができるか。持ち前の外交能力を武器にして奮闘し続けた男の熱い志が伝わってくる。

(潮出版社 各1600円+税)

「侍の本分」佐藤雅美著

 根っからの頑固者で、時には家康にさえ逆らったとされる大久保彦左衛門は、幕府から冷遇された大久保一族が長年御譜代だった歴史を後世に残そうと「三河物語」を書いた。本書は、江戸庶民から「天下のご意見番」とも呼ばれた彦左衛門が書いた「三河物語」を、江戸幕府側が編さんした大名や旗本の系譜集「寛政重修諸家譜」とも照らし合わせながら検証し、数々のエピソードを掘り起こしている。

 彦左衛門の筆は、忠義を侍の本分とする自らの考えをあちこちに加味しつつ、臨場感たっぷりにさまざまな場面の武士たちの会話を描いて、歴史上の理不尽もあぶりだした。

 岡崎城奪還、桶狭間の戦い、一向一揆、長篠の戦い、高天神城の奪還、上田の攻防、関ケ原の戦い、大坂夏の陣などの出来事を彦左衛門がどうとらえていたかも浮かび上がってくる。真田丸ブームの今、歴史考証の視点から読んでみるのも面白い。

(KADOKAWA 1600円+税)

「江戸を造った男」伊東潤著

 明暦3年、人口が増え続ける江戸の町に米を届ける方法を見つける必要に迫られた徳川家綱後見役・保科正之は、海運航路の開発を江戸の材木商・河村屋七兵衛(のちの河村瑞賢)に命じる。

 この異例の抜擢には理由があった。それは先の明暦大火で江戸の町が焼き尽くされた際に、良質の木材が不足することを察知して、すぐに大量の買い付けを行って、その利益を米に換えて飢えた庶民を救い、さらには町に放置された遺体の処理と供養を見事に行った七兵衛の才覚を知っていたからだ。それからというもの七兵衛のもとには、さらに大坂・淀川治水工事、越後高田藩の銀山開発など、次から次へと難事業が持ち込まれるのだが……。

 13歳で伊勢国から身ひとつで江戸に出て、店の小僧と、車力などを経て木材商となった七兵衛が、不思議な縁に導かれるようにして、江戸の発展の基礎を築くことになる波瀾万丈の生涯を丁寧に描いている。

(朝日新聞出版 1800円+税)

「ゆけ、おりょう」門井慶喜著

 有名な医者の娘に生まれた評判の美人・おりょう。子どもの頃には裕福な暮らしをしていたが、安政の大獄で父親が逮捕されてから運命が暗転。22歳のおりょうを筆頭に5人きょうだいを抱える一家は大黒柱を失い、あっという間に家計が傾いた。母のおさだは公家侍の出身で家計を支えるには頼りない。おりょうは自分がしっかりしなければと働き始め、将来性のありそうな北添佶摩に心を寄せて結婚できないかと考えていた。しかし、そんなときにちょっかいを出してくる男・坂本竜馬がいた。先の見込みもなさそうな竜馬とだけは、結婚しないと心に決めていたおりょうだったが……。

 本書は、竜馬の妻として有名になったおりょうの一代記。豪快な性格でまるで竜馬の同志のようだったおりょうの生涯を、竜馬との出会いから別れ、さらに竜馬を失ってから、おつると名をかえて生きていくことになった日々を、生き生きと描いている。

(文藝春秋 1600円+税)

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