飲み旅に出かけたくなる本特集
秋の行楽シーズンがやってくる。旅先で行うことといえば名所や旧跡を訪ねることだが、酒好きのあなたにおすすめしたいのが“飲み旅”。酒を軸にして、その地の名物を楽しむ旅だ。うまい酒を求めて旅をしてみると、観光客向けのグルメではなく、地元民にも愛される店や食べ物と出合いやすい。おのずと、その地の良さをじっくりと堪能することにもつながるだろう。今回は、そんな旅に役立ててほしい4冊をご紹介。
サラリーマン時代を経て、広告制作会社を起業。趣味で始めたバーをきっかけに、飲食店のプロデュースも手掛けるという異色の経歴を持つ著者が、出張のついでや旅行で巡った32都市のおすすめの酒場を紹介するのが、小西康隆著「日本の街角酒場で呑み語らう」(東邦出版 1600円+税)だ。
新幹線でつながった函館には寿司をたらふく食いに行くのもいいが、居酒屋をハシゴしてその地ならではの料理と出合うのが通というもの。まずは、酒屋が酒を飲ませてくれる、いわゆる“角打ち”の暖簾をくぐろう。
函館駅そばで昭和9年から営業している「酒の丸善 瀧澤商店」は、朝10時から夜10時までお安く飲める庶民の味方だ。焼酎は北海道民にお馴染みの「サッポロソフト」がおすすめ。20度が210円、25度が270円、ホッピーなら170円と懐に優しい。3代目店主の瀧澤博さんご夫妻が作る、1匹丸ごと使った自家製の鮭トバや、ミミからゲソまで丸ごと使ったイカの刺し身、ホタテに似た二枚貝を濃厚な味付けで煮込んだ「赤ざら煮」などが絶品だ。
続いて向かうのは、五稜郭タワー方面にある「だてびと」。夜風で冷えた体を温めるには、根昆布と鰹節を入れた焼酎の「だし割り」に限る。肴はたこ焼きのイカバージョンである「だてやき」が函館らしい。4個250円という安さもうれしい限りだ。
これからの季節、寒いところが苦手という人は熊本に出かけてはいかがだろう。うまい酒と肴をたっぷりと味わえば、復興支援にもつながる。まずは熊本市役所近くの「ねぎぼうず」に立ち寄り、阿蘇の地酒、山村酒造の「れいざん」とともに馬刺しを楽しみたい。ごま油に塩をまぶし、馬レバーをつけて口に運べば、酒もグイグイと進む。
次のハシゴ先は、「小料理 ひとくち」だ。馬肉の串焼きとともにいただくのは、河津酒造の「小国蔵一本〆」。近年の辛口ブームとは一線を画す、芳醇旨口だ。串焼きは、ひとりで20本も食べる人がいるほどの人気メニュー。焼いた馬肉は硬いイメージがあるが、この店の串焼きはミディアム焼きでも軟らかくておいしい。球磨焼酎も豊富に揃っているので、熊本の味を堪能できること間違いなしだ。
日本全国ハシゴ酒の旅。名所を見学するよりも、その地の良さを骨身にしみて感じることができるぞ。
「酔眼日記」本山賢司著
自然をテーマにしたエッセーを多数執筆する著者が、旅先での出会いと、知る人ぞ知るうまいもの、そして酒を、スケッチとともに紹介する。
福井県東部に位置する大野市では、九頭竜川や真名川の流れによる扇状地独特の土が生み出す里芋が名産。著者のおすすめは里芋の茎を使った「スコ」という一品で、梅酢でピンクに染まった茎にごまが散らしてあり、延宝元年創業の蔵元が造る大野市の地酒、純米「源平」がよく合う。
旅先での居酒屋選びには、たたずまいの風情が鍵。暖簾は木綿に藍染め、屋号は抜き文字、醤油樽の椅子などが並んでいれば間違いない。和歌山駅近くの「世界一統酒場」なども大当たりの店だと著者。スジと聖護院大根の関東だきを肴に、大隈重信が命名した酒「世界一統」を傾ければ、もはや言うことなしだ。
(東京書籍 1300円+税)
「下町呑んだくれグルメ道」畠山健二著
20万部突破の「本所おけら長屋」シリーズの著者によるエッセー。気張って遠出せずとも、故郷の下町・本所を中心に、腰を据えてB級グルメと酒を味わう気軽な飲み旅がつづられている。
例えば焼き鳥屋。下町の店には目に見えない仕切り線があり、カウンターに座るのは孤独派、テーブルには集団派が陣取る。孤独派の極意は少ないツマミで大量の酒を飲むことで、塩の効いたシロやコブクロがあれば何杯でもイケる。達人は串1本だけでホッピー1杯飲むのも楽勝だ。
江戸っ子がちょっと豪勢にいきたいときには鰻に限るが、最初からうな重をパクつくのは粋ではない。まずは白焼きと熱燗で下準備。寿司屋でにぎりの前にツマミの刺し身を食うのと同じ要領だ。いい気分になってきたら、ようやくうな重の頼み時。ほどよくタレが染み込んだ鰻と飯を、豪快にかきこもう。
(河出書房新社 760円+税)
「泥酔懺悔」朝倉かすみ、中島たい子他著
“旅の恥はかき捨て”というが、そこに酒が入ればとんでもない事態にもなりかねない。
直木賞作家の角田光代の悩みは、酒を飲むと高確率で記憶をなくすこと。ある朝目覚めると、昨夜はいていたジーパンがなくなっていたこともあるという。しかし、下着丸出しで帰宅したとはどうしても考えたくなかったため、急にショッピングをして新しいズボンを買い、ジーパンは捨ててきたと思い込むことで気休めを図ったそうだ。
またある夜気づくと、財布や鍵の入ったバッグの代わりに、ビニールに入った肉だけを持って自宅前にたたずんでいたこともあったとか。ただし、命の危機を感じるのか、異国の地で酒を飲んでも決して記憶をなくさないという。たまには酒にのまれるのもいいが、二度と取り戻せないものだけはなくさないよう気を付けたい。
(筑摩書房 640円+税)