「遠い唇」北村薫著
向井さんは、作家の私が新人のころから親しくしている編集者。新著が出ることになり向井さんの出版社を訪ねた私は、数年前に亡くなった彼女の夫の話を聞く。入院中の夫に頼まれ、和菓子の「黄身しぐれ」と「葛ざくら」を届けたら、夫は包み紙の裏に「しりとりや 駅に かな」と書いて、「駅に」と「かな」の間に黄身しぐれを置いたという。俳句をたしなむ向井さんへの謎かけらしい。
「駅に君 時雨かな」と読み解いた私に向井さんは、高校時代の夫との出会いを語りだす。しかし、字数も合わず、「しりとりや」の意味も分からず、俳句にもなっていない。(「しりとり」)
ミステリーの名手が人の心にわだかまる「暗号」を解いていく短編。(KADOKAWA 1400円+税)