巨匠ヒッチコックと俊才トリュフォーとの対話
かつて映画を見る楽しみのひとつは、映画館に行って本編や予告編や併映の短編ニュース映画を見た上で、さらに入り口付近に貼ってあるスチール写真を見ることだった。そう、昔の映画はどのカットひとつとっても絵になる作品が多かったのだ。
そんな時代の幸せな記憶を呼び覚まされるのがいま都内公開中のドキュメンタリー映画「ヒッチコック/トリュフォー」。
映画好きなら先刻承知だろうが、この作品、かつて「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」(晶文社 4000円)と題して出版されたインタビュー記録を原作としたもの。
いや、正確に言うとこの本に影響された後の世代の監督が、同種の体験をした世界各地の監督たちに語りかけ、彼らの談話をふくめて本の内容を改めて紹介したという異色のドキュメンタリーなのだ。
対話の話し手はサスペンス映画の歴史的巨匠アルフレッド・ヒッチコック。聞き手は仏ヌーベルバーグの俊才フランソワ・トリュフォー。対話は62年にハリウッドのスタジオで約50時間にわたって行われたが、当時、ヒッチコックは下り坂に入りかけており、前途有望な芸術肌のフランス人青年が寄せる尊敬と憧れに喜んで応じたという。
質問はいずれも抽象的な芸術論の類いではなく、作品の具体的なシーンやカットをどうやって撮ったのか、さながら職人肌の名大工に技巧の細部を教わるような独特の躍動感にあふれている。ちなみに翻訳は既に35年も前なのに、まだ現役の新品が書店にあるという点も驚きである。
〈生井英考〉