「阿賀の記憶、阿賀からの語り」関礼子ゼミナール編
元教員の稲垣シズヱさん(79歳)は、子どものころは、カワウソのように川で遊び、阿賀野川や新川の川魚をよく食べ、短大の寮で生活していたときは、お腹がすくと母親が送ってくれた川魚の「ふりかけ」をお昼代わりにして空腹をしのいだという。そうした阿賀野川の豊かさが、一転して、食物連鎖でメチル水銀を川魚に取り込み、水俣病の甚大な被害を生んだ。
水俣病とはなにか。なぜ被害者を長く沈黙させてきたのか、被害者はなにを恐れ、なにを苦しみなにに目をそむけて沈黙してきたのか――。
本書は、その“なぜ”という問いに向き合い、新潟水俣病の語り部を務める8人の被害者の言葉をまとめた証言集である。(新泉社 2000円+税)