著者のコラム一覧
白石あづさ

日本大学芸術学部卒。地域紙の記者を経て約3年間の世界放浪へと旅立つ。現在はフリーライターとして旅行雑誌などに執筆。著書に「世界のへんな肉」「世界のへんなおじさん」など。

マルサの男たちは尾行のプロなのだ

公開日: 更新日:

「国税局査察部24時」上田二郎著/講談社 800円+税

 謎の国、北朝鮮ツアーに誘われたことがある。しかし、協調性のない私は団体行動が窮屈で仕方がない。

「一人で歩かせて!」とごねると、北朝鮮のガイドさんが「夕食前に帰ってきてね」と30分だけ野放しにしてくれた。

 宮殿見学より街をぶらぶらしたかったのだ。だが、ふと振り返ると、挙動不審な男が2人。あら、尾行? ターゲットがしょぼいから仕方がないのだが、トロい私にすぐ気が付かれるとは、随分と適当な人選だ。

 それに引き換え、徹底的に訓練された尾行のプロは凄い。元国税局査察部の査察官“マルサの男”が書いた本書では、炎天下でも雪の日でも張り込みをし、パブで客に扮して情報収集をし、着々と大物脱税者の証拠を積み上げていく地道な仕事ぶりが綿密に描かれている。

 一人前の査察官になるまでは、5年かかるという。面白いのは、新人マルサの尾行練習だ。「今日のターゲットはあいつ」と先輩が指定した知らない人の背中を借りる。新橋で飲んでいる警戒心ゼロのおじさんではない。警戒心が最も強い、銀行で大金を下ろした人の自宅を突き止める。

 マルサといえば華々しくコミカルな映画「マルサの女」を思い出すが、現実はかなり違う。腹黒いヤツを追い詰めるため、黒子のようにひっそりと行動し、時には徹夜が続くブラックな職場。もうすべてが真っ黒である。「いつまで体力が持つか」と不安になり、年に1件も脱税を発見できない“ドボン”に怯え、先に出世した同期や、子供の運動会にも現れない夫に呆れた妻とのケンカに胃がキリキリする人間くさい一人の査察官。

 それだけに差し押さえ当日、ターゲットが脱税を白状し、闇の大金が見つかった時は、思わず目頭が熱くなる。

 公務員なんて給料は安定して早く帰宅できるし、いい身分だなあと思っていたが、こんな特殊な“職人集団”もいるのだ。正直者がバカを見ない世の中にしたいと、今日もどこかで張り込みを続けるマルサの男たちの熱い矜持に触れる一冊だ。

【連載】白石あづさのへんな世界

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動