羽生善治に「弱点が見えない」と言わせた藤井四段の素顔
将棋ファンだけでなく、日本中を熱狂させた藤井聡太四段(15)。昨年12月24日に行われた加藤一二三九段との62歳差勝負を皮切りに前人未到の29連勝を成し遂げ、一躍時の人となった。中村徹、松本博文著「天才 藤井聡太」(文藝春秋 1350円+税)では、師匠である杉本昌隆七段をはじめ、不滅の29連勝の対戦相手となった棋士たちの証言から、棋界の新星の横顔を浮き彫りにしている。
藤井少年が杉本七段と出会ったのは小学校1年生の頃。普段はごく普通の“元気のいいガキんちょ”であったというが、いざ対局が始まるといきなりスイッチが切り替わる。例えば、低学年の子どもは休み時間と授業の切り替えがなかなかできないものだが、藤井少年はそれまでキャアキャアとはしゃいでいたのに、対局が始まると別人のようになり、盤上に凄まじい集中力を発揮していたという。
本書には、藤井四段本人へのインタビューも収録されている。その穏やかな受け答えと慎重な言葉選びは、とても14歳とは思えない。中でも印象深いのが、羽生二冠(当時)に対する答えだ。「オーラがあった?」という質問に、「まあ、そうですね。20年以上前から棋界の第一人者としてやってこられた方なので。そう……ですね。まあ、こっちが萎縮してしまうことはなかったです」。
後日この受け答えを聞いて感心したのが、羽生世代の先輩にあたる森下卓九段だ。普通の若手棋士は、羽生二冠について聞かれると「すごいオーラでした」「圧倒されました」などと答えるもの。しかし勝負の世界では、先輩でも過剰に尊敬していては絶対にその勝負には勝てない。羽生二冠の軍門に下ってきた若手は、みんなそうだったという。
ところが藤井四段は違う。そして、どの対局後の会見でも相手の話はほとんどせず、自分がまだ至らなかった、もっと力をつけたいなど、必ず自分のことを話してきたのだ。
巻末には“迎え撃つ王者”である羽生善治二冠と渡辺明竜王が登場。「藤井四段の弱点が見えない」(羽生)、「野球で言うと高卒1年目3割30本」(渡辺)と高く評価する。今後、藤井四段はどこまで進化するのか。その行く末に注目したい。