トランプ時代の歴史と想像力
「アメリカン・ウォー(上・下)」オマル・エル=アッカド著、黒原敏行訳
傍若無人のトランプ差別発言で米国はいまや「第2の南北戦争」といわれる分断状態。それに呼応したかのように文学やマンガ、歴史書に斬新な試みが続出している。
2074年、「第2次アメリカ南北戦争」が勃発。地球温暖化危機による「化石燃料使用禁止法」を制定した合衆国に対し、分離独立を宣言したミシシッピ、アラバマ、ジョージア、サウスカロライナ、テキサス諸州の「南部自由国」が武装蜂起し、戦端が開かれたのだ。戦争は長期化し、ようやく2095年に和平が成立。
ところが反対派のテロリストが生物兵器で攻撃。あっという間に全米に疫病が広まり、アメリカは衰亡の一途を転げ落ちていく……。ひと昔前ならバカげた空想にしか思えなかったような筋書きだが、エジプト生まれでカナダに移民した新聞記者が本作で作家に転身。発表はトランプ政権誕生前だったが、最近になってリアルな未来を予見していると大いに話題を呼んだのだ。
物語は、ルイジアナから戦火に追われて各地をさすらう黒人母子家庭の母マーティナと娘サラットらを中心に進めながら、随所に架空の歴史文書や未来の教科書の一節を挿入していく。今では珍しくなくなった「偽史」(架空の歴史)ものだが、単なるはやり物を超えた迫力で分断社会の底辺で苦しむ民衆の姿を描く。
そのリアリティーこそトランプ政権誕生という「事実は小説より奇なり」の衝撃がもたらしたのだ。
(新潮社 各630円+税)
「マザーファッカー」シルヴァン・リカール著、原正人訳
キング牧師の非暴力主義を生ぬるいと批判して60年代末に結党された黒豹(ブラックパンサー)党。黒いベレーに黒いレザースーツ姿をいまも目に焼き付ける世代は多いが、近年ではすっかり昔話になったはず……が、ここにきての人種分断をあおるトランプ戦術のおかげで再び戦闘的な黒人像の象徴として思い出されている。
最近欧米で流行の「グラフィックノベル」(絵で描く小説)である本書は、党員になった「バーモント・ワシントン」という黒人青年を通して黒豹党の歴史と実態を描く。初代大統領ジョージ・ワシントンと独立13州に続いて合衆国に加盟したバーモント州の名を合体させた「純アメリカン」の彼は、しかし黒人ゆえの不合理な差別の中で武装路線に身を投じていく。
過去の歴史とはいえない貧困と差別の描写が背筋を冷たくする。
(誠文堂新光社 2000円+税)
「アメリカ大統領戦記 1775―1783(全2巻)」兵頭二十八著
保守思想家・江藤淳の弟子だという軍事史家の著者。戦争を率いた歴代大統領をひとりずつ取り上げて詳細に論じる大プロジェクトの皮切りとして上梓したのが、初代大統領ジョージ・ワシントンを描く本書だ。
独立革命戦争を率いたワシントンがいかなる名将だったのか。海兵隊の前身となるミリシャ(義勇軍)はどんな部隊だったのか。学者が書くアメリカ史では読めない戦闘や戦術の細部が事細かに描かれる。アメリカは自分たちの血で独立を勝ち取ったのだ、という強烈な自負の由来が歴史小説ばりに実感される。この底知れぬマグマが今日の政治分断の底にもうごめいているのだと納得させられる。
(草思社 1巻2400円+税 2巻2800円+税)