壊れかけの人形細工のようなブルジョワ一族

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 好きじゃないのに新作が来るとつい見てしまう監督。ミヒャエル・ハネケはそういう映画監督の筆頭格じゃないかと思う。国籍はオーストリアだが、独仏米を股にかけるカンヌ映画祭の常連。なのに「観客を不愉快にさせる名人」なんていう評に笑ってしまった。

 そのハネケの新作が先週末封切られた「ハッピーエンド」である。ドーバー海峡を望む港町カレー。地元の名望家として知られたブルジョワ家庭にひとりの少女がやってくる。家業を嫌って医者になった弟の、前妻との間に生まれた娘。いつも黙ってみなの様子をうかがっている。

 家業を継いだのは彼女の伯母に当たる姉だが、みるからに裕福な暮らしと物腰を通して見えてくるのは壊れかけの人形細工のようなブルジョワ一族の姿だ……。ハネケの作品にしては人の悪さがほどほどで、そのぶん上品ぶった階級の痛々しい滑稽さがかえって印象的。

 そういえば、と書棚を探したのが小島信夫「抱擁家族」(講談社文庫 1300円+税)。

 大学教員と妻子の中流家庭に寄宿した若いアメリカの兵隊。彼を仲立ちにひびの入った夫婦関係はもろくも壊れるが、そうなってからが本当の主題という1965年の話題作だ。昔は60年と70年の安保のはざまにあって……なんて考えたものだが、いま読むと戦後核家族の上げ底中流夫婦の、情けなくもとことん滑稽な自画像なのだった。

 仏カレーといえば難民問題で一躍注目の街だが、「私には移民の映画は作れない」というハネケ。偽善を嫌って自己戯画に至るモラリストの矜持である。 
<生井英考>

【連載】シネマの本棚

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