「元禄五芒星」野口武彦著
講談・落語の演目に「徂徠豆腐」というのがある。儒学者の荻生徂徠が食うに困っていた時代、豆腐売りの七兵衛が毎日おからを届けてくれ、その後出世した徂徠が火事で焼け出された七兵衛に救いの手を差し伸べたという話だ。本書の「徂徠豆腐考」は、徂徠の学問が「一時にガラリとらちが明いた」決定的瞬間は七兵衛と徂徠との、とんちんかん問答にあったのではという仮説を述べたもの。
徂徠が一躍有名になったのは赤穂浪士の処分について理路整然とした論を老中の柳沢吉保に述べたことによる。赤穂浪士47人の中で最年少は大石内蔵助の長男・主税だ。討ち入りの際には裏門攻め入りの隊長を務め、若き偉丈夫というイメージが強い。
しかし忠臣蔵を題材にした当時の読み物の中には、主税=陰間(男娼)のイメージが強くつきまとっていたという。なかには堀部安兵衛と意を通じていたというものも。そんな大石主税の隠れた裏のイメージを引き出したのが「チカラ伝説」である。
その他、討ち入り費用に関する貨幣理論を説いた「算法忠臣蔵」など、忠臣蔵を軸に元禄時代の世相、思想を虚実を交えて描いた5編を収録。
(講談社 2000円+税)