最新文庫で読む傑作ミステリー
「沈黙の家」新章文子著
人間のすることには必ず綻びがある。どんなに緻密に計画を立てても、かすかなひび割れを見つけた者がくさびを打ち込み、壁が崩れ落ちてすべてが白日の下にさらされる。その過程を楽しむのがミステリーの醍醐味なのだ。
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少女小説家のあゆみと新太郎姉弟の両親は、使用人の恨みを買って殺された。姉弟は借金を清算し、辛うじて残った200万円を持って上京する。
あゆみはアパートの隣室に住む中年の作家、船原宇吉を愛しているが、船原には本宅に妻がいる。それなのに津矢子と樹里子という姉妹と関係を持ち、あゆみにまで触手を伸ばそうとしていた。少女雑誌の編集者になった新太郎は、かつて師だった坂崎友之に付きまとわれている。新太郎自身は少年が好きなのだが、声をかけてくる徳田牧子の誘いを受けることに。樹里子の母が金貸しをして金を持っていることを知った新太郎は、ある日、樹里子の家に忍び込んで、樹里子の母ら3人を手にかける。現金を盗んで引き揚げようとしたとき、電話のベルが鳴った。
錯綜する人間関係の中で起きる殺人事件を描く。
(光文社 980円+税)
「骨を弔う」宇佐美まこと著
新聞に、赤根川の堤防から骨格標本が見つかったという記事が載った。それを知った豊は、同級生の哲平に電話をかける。「骨を埋めたやろ?」。彼らは30年近く前、5年生のときに、嫌いな教師を困らせるために佐藤真実子が理科室から盗み出した骨格標本を山の中に埋めたのだ。堤防ではなかった。
そのとき、真実子は骨に何か語りかけていた。あれはもしかして、標本ではなく本物の人骨ではなかったか。真実子は人骨を処分するために標本を土手に埋め、自分たちをだまして人骨を山に運ばせたのではないか。あの頃、大水が出て、水路に転落して死んだ男がいたが、その遺体は発見された。他に誰か死んだ者が?
彼らは当時の仲間と、骨格標本を埋めた場所を捜しだし、掘り返した。そこに埋まっていた「標本」の正体は……。
記憶の底から蘇った真実を描くミステリー。
(小学館 800円+税)
「最高の盗難」深水黎一郎著
国際音楽コンクールのバイオリン部門で優勝した武藤麻巳子が、オーケストラの定期演奏会にソリストとして出演することになった。当日、麻巳子はトイレで背後から麻酔薬を噴射され、意識を失う。そして彼女を空き室に運んだ人物は、麻巳子の控室から時価数十億円といわれる名器ストラディヴァリウス「エッサイ」を盗みだす。
警視庁捜査1課の海埜警部補と甥の神泉寺瞬一郎は会場を封鎖し、団員たちの楽器を改めるが、「エッサイ」は見つからない。瞬一郎は団員たちに1曲演奏するよう指示する。演奏が終わるやいなや瞬一郎はステージに駆け上がり、後方で演奏していた3人のバイオリン奏者を指さして、「そのままその場を動かないように!」と命じた。(「ストラディヴァリウスを上手に盗む方法」)
奇想天外な犯行を描いた音楽ミステリー3編。
(河出書房新社 860円+税)
「結願(けちがん)」小杉健治著
弁護士の鶴見京介は、四国で八十八ケ所巡りをしている遍路姿の浦松を見かけた。「無罪の神様」と呼ばれていた辣腕の弁護士だったが、妻を亡くした後、弁護士を廃業していた。
帰京後、鶴見は殺人事件の容疑者、大峰和人の弁護を依頼される。自殺した妹の加奈と付き合っていた河原真二を刺殺した容疑だが、大峰は犯行を否認している。加奈は自殺ではなく、河原に殺されたと大峰は考えていた。
河原の過去を調べると、5年前に恋人を毒殺した容疑がかけられたが、裁判で無罪になったことが判明した。その裁判で河原の弁護を担当したのが、浦松だった。河原は当初、殺害を認めていたのに、浦松が弁護人になってから供述を翻したという。やがて、鶴見は浦松の遍路の旅の不審な事実に気づく。
法廷で裁けなかった真実を追う弁護士を描く。
(集英社 720円+税)
「逃亡刑事」中山七里著
児童養護施設から逃げ出した8歳の猛は、カーディーラーの店内で男が射殺されるのを目撃する。殺された男は、麻薬取引ルートを追う千葉県警組織犯罪対策部の刑事だった。
その捜査をしていた捜査1課の高頭冴子は、目撃者の猛に話を聞こうとするが、猛は証言を終えたら施設に戻されることを恐れて口をつぐむ。猛を児童相談所に連れていこうとした冴子が、すれ違った男と話をした。猛は真っ青な顔でその人物の背中を指し、その男が射殺犯だと言った。それは薬物銃器対策課課長、玄葉昭一郎だった。冴子が、県警が押収した違法薬物を調べると、7キロあるはずが10グラムしかない。昨年暮れから純度の高い薬物が出回っているのは、警察内部の犯行だったのだ。冴子の動きに気づいた玄葉は、冴子を銃殺犯に仕立てようとする。
濡れ衣を着せられた女性警部の闘いを描く警察小説。
(PHP研究所 780円+税)