中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<7>酔狂な医療従事者などそういない

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 医療関係者の倫理は警察官のそれと大きく異なる。〈ドクター・デス〉のように特異な倫理を持った者が他にもいる可能性は否定できない。

 口に残る違和感の正体は、二度と〈ドクター・デス〉と見(みま)えたくないという犬養の本音だった。

「〈ドクター・デス〉が安楽死の代金に受け取ったのは二十万円だった。お前も知っているだろう。二十万円というのは医療器具と薬剤、それに交通費を加えた実費で、報酬は事実上ゼロだった」

 明日香は神妙な面持ちで頷く。取り調べの際には明日香が記録係だったので、その内容は逐一把握しているはずだ。

「あいつはあいつなりの倫理で安楽死を推進していた。ほとんど手弁当で患者の許に通っていたんだから滅私奉公という言い方もできる。もちろん犯行が露見するリスクも承知していたはずだ。そんな酔狂な医療従事者が何人もいるとは思えん」

 これもまた喋っていて抵抗がある。酔狂な医療従事者が何人も存在しないというのは、あくまで犬養の希望的観測に過ぎない。

 犬養の本音を知ってか知らずか、明日香は決して納得しているように見えない。

「法整備さえ進めば模倣犯は出ないと思いますか」

「所詮、俺たちは法を犯した人間を捕まえるのが商売だ。医療倫理や個人の死生観には関係なくな」

 犬養は敢えて言わずもがなを口にする。

「少なくとも非合法な安楽死はなくなるから、模倣犯が介入できる余地は限定されるだろう」

 ただし根絶できるかどうかは疑問符だった。明日香が言ったように、どれだけ法律が改正されようが知恵の回るヤツはいつでも法の網目をすり抜けてひと儲けを企むに決まっているからだ。

「高千穂はどう思う」

「わたしは楽観視できません。どんなに完璧な法整備をしても、どんなにきめ細かいセーフティーネットを張っても、網の間からこぼれ落ちる人がいます。そういう人たちをターゲットにするヤツらはいつでも一定数存在します」

 社会的弱者を食い物にする犯罪を殊の外憎んでいる明日香ならではの言葉だった。

 犬養は拘置所にいる〈ドクター・デス〉に思いを馳せる。蛇の道は蛇。犯罪者の気持ちを一番理解できるのはやはり犯罪者に違いない。底の浅い政治家や目の曇った警察官が犯人像を予想するよりも、数々の安楽死を請け負った当人に訊いた方が参考になるような気がする。

「どちらにしても警察は事件が起きるのを待っているしかない。寝たきり患者の家を不審な医者が訪れた。そういう通報がないことを祈るだけさ」

 (つづく)

【連載】ドクター・デスの再臨

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