中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<19>命をカネで売り買いする薄汚い計算

公開日: 更新日:

「失礼しました」

 蔵間は自らの醜態を恥じるように言う。

「柄にもなく興奮してしまいました。警察官のお二人にはさぞお聞き苦しかったことと思います」

 犬養たちは逆に恐縮する。安楽死に対する是非が医療関係者と警察関係者では対立することなど事前に分かっていたことではないか。救いがあるとするなら、今回の模倣犯が指定難病患者の救済ではなく営利目的で動いているらしいことだ。そこには倫理も良心もない。あるのは命をカネで売り買いしようとする薄汚い計算だけだ。

「死因以外に判明したことはありますか。たとえば被害者と犯人が接触した痕跡があるとか」

「被害者は寝返りを打つのも困難な状態だったと推測できます。点滴の針を刺していますが、手袋でもしていたのか周辺に指紋らしきものは見当たりません」

 犯人はスリッパを持参するような用意周到さで犯行に臨んでいる。迂闊に指紋や体液を現場に残すような真似はしないだろう。

 犬養は藁にも縋る思いで質問を続ける。

「蔵間先生は、今回の安楽死事件がまた再発すると思いますか」

 蔵間は困惑気味に眉を顰めてみせる。

「先ほども言いましたが、わたしは死因究明を第一義にしており、犯人像や動機、事件の概要にまで頭を巡らそうとは考えていません」

「先生の流儀に水を差すつもりはありません。ただ、わたしたち刑事の第一義は犯人逮捕と動機の究明、そして事件の再発防止です」

「職域がはっきり分かれているのは、悪いことではありません」

「解剖医としての先生に尋ねているのではありません。犯人が医療従事者である可能性が高いのであれば、同業者である先生の意見を参考にしたいのですよ。二百万円で安楽死を請け負う仕事に旨味があるのかどうか。仕事として継続する価値があるのかどうか」

 束の間、蔵間は考え込んだようだが、すぐに元の表情に戻った。

「あくまでも参考意見ですが」

「結構です」

「多くの医療従事者は学習します。たとえば最初の試みが失敗したとしても、それを経験値として次は改良して試行する。成功したのなら、次はどれだけ簡素化できるかを根気よく試そうとする。常に試行錯誤して最大の効果を求めるというのは研究者の性みたいなものです。それはおそらく殺人という局面においても発揮されます。加えて、たとえばわたしたち准教授の年収は六百万円から八百万円ですから、安楽死を四件も請け負えば年収分を稼げる計算になります。犯人が安楽死の請負を止める理由は何も思いつきませんね」

 冷静な物言いは犬養の苛立ちに拍車をかけた。

 (つづく)

【連載】ドクター・デスの再臨

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