中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<21>被害者はFXで蓄財の証言

公開日: 更新日:

 村瀬は訝しげに顔を顰める。

「当該地域は古い住宅地だ。道路幅も狭く、家の前にクルマが横づけになれば嫌でも目立つ。犯人は徒歩でやって来たのか」

「不審なクルマが停まっていたという目撃証言もありません。この時間帯に通りを行き来するのはもっぱら住民であり、その多くは古くからの住人であることから、普段見かけない者には一定の警戒心を抱いています。犯人が徒歩でやって来たのであれば、大抵は目につくと思われます」

 さすがに所轄署の捜査員は地域の事情に詳しい。だが不審な人物もクルマも目撃されないというのはいただけない。鑑識でも犯人の性別はおろか身体的特徴も掴めていないのだ。初動捜査の段階でこれだけ手掛かりが不足していると先が思いやられる。

「防犯カメラはどうだ」

 下谷署の別の捜査員が答える。

「被害者宅周辺は一般住宅が建ち並び、商店街からも離れています。最寄りに設置されているのは二ブロック向こうになっており、当該家屋を撮影範囲に捉えている防犯カメラはありません。現在、千駄木駅前および日暮里駅前から被害者宅に向けて設置された防犯カメラのデータを収集中です」

 長山家は東の日暮里駅と西の千駄木駅に挟まれている。犯人がクルマを使用しなかったとすれば公共交通機関を利用したとみるのが妥当だろう。最近は顔認証システムの精度が上がっており、駅から長山家に向かう人物を特定するのも可能だ。問題は解析にどれだけの時間を要するか、そして肝心の犯人を捉えられているかどうかだった。

「鑑取り」

 これも近隣での訊き込みを行った下谷署の捜査員が答える。

「被害者長山瑞穂は以前から通院と入院を繰り返し、二年前からは自宅療養に切り替えています。その頃から外出はぴたりと止んで、近隣住民で最近彼女の顔を見かけた者はいません」

「被害者はFXで蓄財していたという家族の証言がある。確認は取れたか」

「本人所有のパソコンに証券会社との取引記録が残っていました。自宅療養に切り替わってからも三カ月は取引を継続していたようです。本人名義の口座を通じて取引があり、事件前日には四百万円以上の残高がありました」

「本人所有のパソコンだと」

 俄に津村と麻生が浮足立つ。本人所有の物であるなら、安楽死を依頼した人物との交信記録が残っていると望みをかけたのだろう。

 だが続く捜査員の報告は素っ気ないものだった。

「パソコンはベッドのある部屋の片隅に放置されていました。家族の話ではキーの間隔が大きいため次第にスマホへ移行したようで、パソコンは盛大に埃を被っていました」

 (つづく)

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