トランプとは「誰」だったのか?2020米大統領選本特集
「アメリカは正気を取り戻せるか」アレン・フランセス著 北原陽子訳
開票が事実上終わってなお混乱の続く今年の米大統領選。株式市場もとっくに「次」を見ているのに、トランプは引き際もわきまえず見苦しい姿をさらしている。果たしてトランプとは何者だったのか。そしてアメリカの醜態はどこまで続くのか。
◇
4年間のトランプ時代が良心的なアメリカ人にとって耐えがたい年月だったことは想像にかたくない。米国精神医学界の大物で生粋のリベラル知識人によるトランプ時代の精神病理の分析書。
トランプのアタマがおかしいというのではない。トランプは確かにクレージーだが、本当におかしくなっているのはアメリカ社会の方ではないか。そう著者は問いかける。トランプ勝利を誰も本気で予想できなかった16年選挙。だが環境問題から資源の枯渇、経済格差、医療の偏り等々を思えばアメリカは明らかに危機的状況に陥っていた。その歪みがトランプ勝利という悲劇になって現実化した。
さらに近年の人種差別問題も著者を悩ます。白人至上主義は南北戦争の前から「最も顕著に見られたアメリカ人の集団気質」の産物だという。悩めるアメリカ人の嘆きの書である。
(創元社 2200円+税)
「世界で最も危険な男」メアリー・トランプ著 草野香ほか訳
トランプ関連の暴露本は政界以外にも多数ある。その筆頭が本書。トランプの姪が書いた話題の暴露本である。
なにしろ序文からして子どもらと娘婿と「現在の妻」以外、「親族の誰一人として彼を支持する言葉を発したことがない」というのだ。母は若くして重病を患い、ドナルドも兄のロバートも母の愛を事実上知らずじまい。しかも父のフレッドは「高機能の社会病質者」。「共感力を持たない、平気で嘘をつく、善悪の区別に無関心、他者の人権を意に介さない」男だった。
2人の兄はこれで傷ついたが、ドナルドだけは父に酷似してゆく。むしろ規則違反も逸脱も「父に見せる」ためのものだったようだ。大学院を卒業後、文才を見込まれた著者はドナルドの自伝のゴーストライターになる。
ところが金払いは悪く、そのうち身内ならプロのライターよりも安上がりと考えたらしいとわかったという。身内にすらカネを惜しむトランプの実像。
(小学館 2200円+税)
「独裁と孤立 トランプのアメリカ・ファースト」園田耕司著
今年5月、人種差別に抗議する黒人市民らのデモの鎮圧に軍隊を出動させようとしたトランプ。これに抗議したのが、2019年に国防長官を辞任したマティス海兵隊大将。後任の国防長官をふくめて正面から批判する論文は大きな話題となった。
朝日新聞ワシントン特派員の著者は経済堅調だったトランプ政権の失速はコロナに加え、この強引な抑圧策が引き金になったとみる。「法と秩序」を唱えながらも権力乱用が目に余ったからだ。
最初に共和党の統一候補になったときから、保守陣営内部にも反トランプ論は根強かった。著者は16年選挙時にさかのぼってトランプ流がいかに周囲とあつれきを起こし、本来は穏健な政党だった共和党をいかに変えてしまったかをたどっている。
以前はトランプを批判しながら態度を変えて盟友になってしまったグラム上院議員。その友人だが、トランプ批判で引退したフレーク元上院議員。さまざまな人間模様も印象的だ。
(筑摩書房 1700円+税)
「ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日」ジョン・ボルトン著 関根光宏ほか訳
トランプ政権は発足直後から主要スタッフや閣僚が次々に辞任し、内情暴露も相次いだ。中でもメガトン級の暴露といわれたのが本書。
マクマスター元将軍が国家安全保障問題担当補佐官を辞任したあとに抜擢を受け、アメリカ外交をタカ派ゴリゴリの強気一辺倒にした張本人だが、金正恩率いる北朝鮮との関係についてトランプと意見が対立して更迭された(本人は辞任と主張)。
もともと国務長官を狙い、副長官のオファーを蹴った野心家で皮肉屋の著者。しかし周囲も同様。国防長官のマティスはこわもて、国務長官ティラーソンは厚顔、国連大使ヘイリーはティラーソンと犬猿の仲。イラン問題では日本の安倍総理に米国との仲介を頼み、安倍も引き受けたが、著者は内心、失敗の明らかなひどい案だと思っていたという。
またトランプは著者が辞任後に本書を出そうとしたのに圧力をかけてきたが、そんなのは想定内。ドラマ「ハウス・オブ・カード」もびっくりの人間模様だ。
(朝日新聞出版 2700円+税)
「アメリカ大統領選」久保文明、金成隆一著
予想を超える接戦で最後まで緊張した選挙戦。「スリーピー・ジョー」と揶揄されたバイデン候補だが、米国特有の複雑な選挙制度に苦しんだのも確かだ。
東大教授と朝日新聞記者の共著による本書は「大統領制」の解説に始まり、前回2016年選挙の予備選と本選のドキュメントで選挙現場のリアルな姿をリポート。さらに政治的な「分断」に学問的評価を下し、100年後の未来の予想で締めくくるという盛りだくさんの内容だ。
面白いのが金成記者の選挙戦ルポ。北海道の1・7倍もあるアイオワ州の取材では1日8時間も運転して移動。候補者の演説を4回聞き、写真を400枚撮影し、10人以上へのインタビューに連日明け暮れたという。特筆すべきが民主党左派、B・サンダース候補の集会の熱気。テレビではわからない現場の迫力に欧州の記者もびっくりだったとか。
今後の民主党の左傾化が予想されよう。
(岩波書店 840円+税)