ミステリーから短編集まで最新海外小説特集
「彼女の名前は」チョ・ナムジュ著 小山内園子&すんみ訳
病気とか、パワハラとか、高額の支払いとか、人は大抵、何かに脅かされて生きている。それを軽やかに受け流したり、あるいは果敢に立ち向かったりして、生きていく。世界のそんな人々を描く小説を紹介しよう。
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20代後半のソジンのメンター(仕事上の指導者)になったのが10歳年上の係長だった。ある飲み会のあと、タクシーの中で体に触れられ、拒否すると、仕事中にも手を伸ばしてくるようになった。
6カ月後、我慢の限界だと思って課長に訴えたが、係長は大声で罵倒したり、ソジンにいやがらせをしたりする。さらに、ソジンが妻帯者と不倫をしていたなどという噂が広がった。「社内の美風良俗を傷つけた」と、人事委員会は両人とも3カ月減俸という懲戒処分を下す。
ソジンはパニック障害を起こして会社を休んだが、係長は変わらず出勤している。ソジンは裁判を起こすことにした。係長のセクハラで退社した女性がいたことを知り、ソジンは黙ってやり過ごす2番目の人にはなるまいと思った。(「二番目の人」)
セクハラが横行する職場で「次の人」のために闘い続ける女性を描く韓国の短編集。
(筑摩書房 1600円+税)
「砂漠が街に入りこんだ日」グカ・ハン著 原正人訳
砂漠でなかった街にどうやって砂漠が入りこんだのか、誰も知らない。自分が生まれる前だと言う人もいるし、川に蜃気楼が現れるようになった後だと言う人もいて、「私」は途方に暮れる。
ある日、メトロに乗ったら、黒いビニール袋を大切そうに抱えている男が、袋から封筒を取り出して、「白翡翠のようにきれいな封筒です」と言って、聖書を読んでいた老人に売りつけようとした。老人に無視されて、落とした封筒を拾おうとすると、2人の警備員がやってきて、男を車両から引きずり降ろした。
私はその封筒をひとつ拾い上げて持ち帰る。マクドナルドでハンバーガーを食べた後、封筒に自分の住所を書いた。帰宅したらそれは家で私を待っていて、このルオエスのいい思い出になるはずだ。(表題作)
幻想都市、ルオエスを舞台にした8つの物語。
(リトルモア 1800円+税)
「海と山のオムレツ」カルミネ・アバーテ著 関口英子訳
正体不明の病気で命を落としかけた7歳の「僕」。ナポリの病院を退院した後、「一緒に来るのなら、〈海と山のオムレツ〉をつくってあげる」と誘われて、祖母と出かけた。
小さな港を過ぎ、ミントの香りのする森を抜け、とてつもなく大きい灯台を通り過ぎて、トルコブルーの透明な海に近い、誰もいない砂浜で立ち止まった。「これがアリーチェ岬(プンタ)だよ」と言うと、祖母は地面にひざまずき、砂に口づけをした。驚く僕に、祖母は、僕らの先祖のアルバレシュ人が15世紀末に流れ着いたのがこの砂浜だったことを話してくれた。
その風景に見とれながら、僕はオムレツをはさんだパンにかぶりついた。それまで食べたなかでいちばんおいしいオムレツだった。すると、狡猾なカモメが飛んできて、パンをひったくった。(表題作)
郷土の料理と家族の思い出をつづった短編集。
(新潮社 1900円+税)
「雨に呼ぶ声」余華(ユイホア)著 飯塚容訳
南門に住む孫光林は、6歳の時から言葉にできない恐怖を抱くようになった。霧雨の夜、眠りに落ちた光林の耳に、遠くから女の泣くような呼び声が聞こえた。
数日後、光林はその呼び声に応える声を聞いた。黒い服を着た見知らぬ男が、鋭いまなざしで光林を見つめながら近づいてきた。その男の黒い服が風にはためいてパタパタという音を立て、それがあの女の呼び声に対する反応だと、なぜか光林は考えたのだ。
翌日、村の子どもが「あっちに死体があるぞ」と言った。クモの巣の下に横たわっていたのは、あの黒い服の男だった。まるで眠っているようだった。それ以来、光林は暗い夜が怖くなった。眠ると、あの男のように二度と目を覚まさないのではないかと思い、自分を眠りに引きずり込む睡魔に必死で抵抗するようになった。
幻想に怯える少年の心理を描く長編小説。
(アストラハウス 2200円+税)
「グレート・ギャツビーを追え」ジョン・グリシャム著 村上春樹訳
プリンストン大学のファイアストーン図書館に、ポートランド州立大学のネヴィル・マンチン教授の名を騙る男が訪れ、厳重に管理されていたF・スコット・フィッツジェラルドの直筆原稿を閲覧していった。
3週間後、その男は4人の仲間と、大学の寄宿舎に爆竹を仕掛け、銃を持った男が発砲していると通報し、大学を混乱させてフィッツジェラルドの直筆原稿を強奪する。
原稿には2500万ドルの保険がかけられていた。泥棒グループのうち2人は逮捕されたが、原稿は行方不明だ。容疑者として、フロリダの書店の店主で、稀覯本のコレクターであるブルース・ケーブルが浮上する。盗難美術品の調査をしているイレイン・シェルビーは、女性作家のマーサー・マンにケーブルに接触するよう依頼する。
アメリカの作家、フィッツジェラルドの直筆原稿を巡るミステリー。
(中央公論新社 1800円+税)