「動物園・その歴史と冒険」溝井裕一氏

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「動物は人間にとって身近な他者です。人間がその他者をどう見てきたかを映し出す動物園は、社会の縮図と言えます」

 動物園が誕生したのは18世紀末のヨーロッパ。だが、珍種を集めて展示する「動物コレクション」は、はるかメソポタミア時代から始まっていた。

 本書は動物園の長い歴史をたどり、展示方法の変遷を示しながら、これからのあるべき動物園の姿を探る。その過程であらわになるのは、人間が動物に抱いてきた好奇心、畏怖、支配欲、そして共生への思いである。

「動物への興味や関心は、人類の歴史とともにあるくらい古いものであることは間違いないと思います。大きなもの、変わったものを見てみたいという純粋な好奇心は今も昔も変わらないでしょう。同時に人間は、メソポタミアからローマに至る文明化のなかで、動物をコントロールすることを覚えていきました。動物園は西洋的・キリスト教的な動物観の産物なんです」

 動物園が生まれたのは帝国主義時代。西洋列強はこぞって、動物収集のために植民地へと出向いた。ライオンのような大型肉食動物を征服することに熱心な一方で、貴重な動物、例えばシフゾウ(四不像)を北京から連れてくる。動物園は「政治的・軍事的・経済的パワーを示す場」だった。

 次第に動物園は、見るだけではなく体験する場にもなっていく。1907年、ドイツのハーゲンベック動物園が誕生し、世界をあっと言わせた。

「狭いオリを中心とした飼育をせず、動物が広々とした空間を駆けまわる、『無柵放養式』と呼ばれる飼育スタイルを取りました。来園者はさまざまな種類の動物が放し飼いにされたひとつの風景、つまりパノラマを見ることで、その場に没入できるんです。これは、動物園を造ったカール・ハーゲンベックが部外者だったからできたことです。彼はもともと動物の取引をやっていた商人で、伝統に縛られない自由な発想が、画期的な展示へと結びつきました」

 やがて、動物園は「未開人」など人間の展示、恐竜の展示、絶滅危惧種の復元計画へと、欲望の翼を広げていく。1874年にはトナカイとともに、彼らを飼育している北ヨーロッパのラップランド人(サーミ人)を展示すると、大変な人気を呼んだ。一方、ハーゲンベックは本気で生きた恐竜を見つけ、展示しようとする。動物園は世界の現在のみならず、人類の歴史をも見せる場所であろうとしたのだ。

「背景にはダーウィンの進化論の影響があります。動物の起源に加え、人間の起源、地球の起源を考えることがホットな話題で、動物園にもその時代性が反映されています」

 本書には、先の大戦で動物園がどのように戦争に協力し、動物がどのような被害を受けたかが1章を割いて書かれている。戦後、人間中心から生命を中心とした見方、考え方にシフトしていくなかで、サファリパークが誕生する。

 著者は、自身が高く評価する天王寺動物園(大阪)をはじめ、国内外の魅力的な動物園を写真とともに紹介し、その楽しさ、特徴を伝える。コロナ後に行きたい動物園が増えるだろう。

「人間だけの世界より、生命力や野性を感じさせる動物が近くにいてくれるほうが多様性があっていいですよね。ただそれは人間のエゴであるという、少しだけ批判的な考え方を頭の片隅に置いておくことは大事だろうと思います。時代が変わり、動物の展示方法が変わっても、動物園がある限り、人間と動物の支配関係は変わりません。それを頭に置きつつ、どういう動物園を造っていくのかを考えていくことが大切だと思います」

(中央公論新社 920円+税)

▽みぞい・ゆういち 1979年、兵庫県生まれ。関西大学文学部教授。博士(文学)。専門はひとと動物の関係史、西洋文化史、ドイツ民間伝承研究。「水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界」で第40回サントリー学芸賞〈社会・風俗部門〉を受賞。他の著書に「動物園の文化史 ひとと動物の5000年」など。

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