「回想 イトマン事件」大塚将司氏

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 30年経った今も、“戦後最大の経済事件”と言われる「イトマン事件」。大阪の中堅商社だったイトマンは、バブル経済の中で不正な絵画取引などに関わり、その乱脈経営の結果、3000億円ものカネが闇社会に流れた。メインバンクの住友銀行も、大きな痛手を負う。

 この事件を世に知らしめたのが、日本経済新聞経済部の記者だった著者だ。住銀の行く末を案じる同行部長だった國重惇史氏とタッグを組み、1990年にスクープを報じた。本書は、このスクープに至るまでの取材過程を、著者の詳細な日記と膨大な資料をもとにした語り下ろしである。

「当時『住銀の天皇』と言われた磯田一郎会長が先頭に立ち、住銀は強力に収益を追い求めていました。一方で、倒産しそうな融資先企業など面倒な案件の処理は、住銀出身の社長だったイトマンに押し付けていた。その負い目からイトマンへの融資が甘くなり、裏社会の連中から食い込まれていったんです。最終的には、イトマンは110年の歴史に幕を閉じ、日本のトップバンクでもあった住銀は5000億円にものぼる不良資産を処理する羽目になりました」

 イトマン事件には、“バブル紳士”の許永中氏や伊藤寿永光氏ら、豪華メンバーが登場するとあって、著者らの報道後、マスコミは大騒ぎとなる。だが、最初に記事を書く際の最大の難関は、自らの所属先の日経だったという。

 そこで著者らは“禁じ手”に出る。イトマン社員が乱脈経営を内部告発したかのように装った「手紙=Letter」を、日経社長たちに送ったのだ。

「編集局幹部たちは、人事情報など企業からリークされる安全な記事を好み、イトマン事件のような暴力団が絡んだうえ、大銀行と敵対する記事を嫌がることはわかっていました。私は記事を握りつぶされないようにするため、社長に手紙が届く前に、手紙とほぼ同じ内容のことを幹部たちに報告しておいたのです。手紙がなければ、記事にならなかったのは確かです」

 当時は暴力団がまだ勢いのある時代。著者に危険が迫っていたことを予感させるエピソードもつづられている。関係者の逮捕後の91年12月、裁判で検察側は、暴力団との付き合いのあったイトマン側の関係者が、著者の身辺や取材源の調査のために、「日経新聞社内の協力者」に現金1000万円を支払っていたことを明らかにした。前代未聞の話である。

「検察の話を聞いて、以前の打ち合わせのときに國重氏が喫茶店に防弾チョッキを着て来たことを思い出しました。彼は私にも防弾チョッキを勧めてきたので笑って断りましたが、そのときの認識の甘さに気づかされました。場合によっては、私もどうなっていたかわかりません。結局、日経の社内協力者もわかりませんでした」

■現代ジャーナリズムは機能不全

 事件から30年。なぜ今、当時の取材の様子を明らかにしようと思ったのか。

「取材源秘匿という意味では関係者の多くが鬼籍に入ったということもありますが、何よりも、やりたい放題なことをしている最近の政権と、それを監視すべきメディアを危惧しているからです。今も私は官僚や大企業経営者のOBたちと会いますが、口々に言うのは『ジャーナリズムの機能不全』です。私も全く同感で、自分の体験が、メディアの在り方を考える一助になればと考えたんです」

 バブル崩壊のきっかけをつくった男たちの“闘いの軌跡”が、現代のメディアを鼓舞することになればいい。

(岩波書店 2200円+税)

▽おおつか・しょうじ 1950年、横浜市生まれ。早稲田大学大学院政治学科修了後、日本経済新聞社に入社。「三菱銀行・東京銀行の合併」のスクープで95年度新聞協会賞を受賞。現在、作家、経済評論家として活動。著書に「スクープ 記者と企業の攻防戦」など。

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