吉川英梨氏 海上保安学校小説「海の教場」連載直前インタビュー

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 数多くの警察小説シリーズを手掛け、警察小説の新旗手として高い注目を集めている作家・吉川英梨氏による長編小説「海の教場」がいよいよ来週月曜日からスタートする。本作は史上初、海上保安学校を舞台に描く小説。著者に意気込みを聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ひょんなことから、海上保安学校の教官になった主人公・桃地政念が、教官としてのやりがいを見つけつつ、学生たちと共に成長していく――。だが、単なる成長譚ではない。恋愛あり、自然との闘いあり、謎あり、の大人の物語だ。

「執筆のきっかけは、取材で海保の様子を見聞きしていたこと。女性潜水士を主人公にした『海蝶』など、最近、海上保安庁をモデルにした小説をよく書いていて、訓練を見学したり、保安官に話を聞いたりしていた中で、ふと警察学校の物語があるなら海上保安学校の物語があっても面白いのではないか。警察学校を舞台にしたものは『警視庁53教場』で書いていましたから、その海版はどうだろう、と。そんな発想から今回の物語が誕生しました」

 海上保安学校とは、文字通り、海上保安官育成のための学校で、本作で舞台として描かれる学校は実際、京都府舞鶴市に昭和26年に開校。門司や宮城など全国に2つの分校と航空研修センターを持ち、毎年、海の防災や海洋の環境保全などに携わる多くの海上保安官を世に送り出している。

 45歳、独身の主人公の桃地は、その保安学校の卒業生で、海上保安庁主計管理課の専門官だ。海の男といえば海猿やマッチョな男をイメージするが、桃地は格好いいヒーローでなく、ドジなところもある明るいキャラクターとして描かれているのが面白い。

「桃地の主計管理の仕事とは、巡視船の中で料理や帳簿をつけたり、陸上勤務では経理や事務に関わるもので、いわば船の縁の下の力持ちなんですね。物語の冒頭では、霞が関本庁勤務をしているように、仕事はできるタイプ。でも海上保安官といっても威圧感みたいなものもなく、身長も見た目もごくフツーの人物にしました。ただ見た目に反して、人事異動の時期ではないのに、強引に舞鶴に異動を願い出るような、思い切った行動を取る人物でもあります。そして偶然あいていた海上保安学校の教官職を得るんです」

 物語を通して描かれるのは、教官と学生の成長を縦軸とするならば、横軸にあるのは「生と死」のはざまでの人間の運命のはかなさだ。

「取材に行って分かったんですが、舞鶴の保安学校って、三方を白糸湾に囲まれた環境の中にあって、そこで底抜けに明るい人たちが伸び伸びと学んでいる感じなんです。教官と生徒、生徒同士に一体感があってアットホーム。もちろん、厳しさはありますが、殺人や犯罪を呼び込むようなダークなものではないんですね。海保の厳しさは、自然をなめるな、というもの。体力不足や集中力を欠くと自身も仲間も死にますから」

 海上保安の仕事を一言でいえば“海の危機管理”。東日本大震災のときは海から救援物資を届け、今も毎月11日に潜水して遺体捜索を続けるなど、いつも<死>が身近にあり、人の死を見続けている職業でもある。

「領海警備や海難などと共に、身近な人の死、学生の死、友人の死とその背景も描きます。桃地を45歳にしたのも、介護やみとりなど<死>に直面する機会が増えてくる世代だから。ゲンダイ読者層とも重なるのではないでしょうか」

 作中では、桃地の恋の行方、あまり知られていない海保学校の生活、ホラー的なエピソードも挿入され、読みどころはさまざまだ。

「ホラー的な話は本当にあったことで、その意外な結末は物語の最後に明かす予定です。海上保安学校を舞台にした物語はおそらく史上初なので、どんなふうに日本の領海が守られているのかを学校の状況など通して読み、楽しんでもらえたら。また桃地の視点で描いているので、彼と一緒に泣いて笑って、学生の成長も見守ってほしいなと思います」

 月曜(4日)スタートの新連載、どうぞお楽しみに。 

◇吉川英梨(よしかわ・えり) 1977年、埼玉県生まれ。2008年、第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞した「私の結婚に関する予言38」でデビュー。警察小説のシリーズ作品を多く執筆し、著書に「警視庁53教場」「新東京水上警察」「十三階」各シリーズ、「雨に消えた向日葵」「海蝶」「Lの捜査官」ほか多数。

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