「死体格差」山田敏弘氏

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 2020年に日本で死亡した人の数は約138万人。そのうち病院以外での死亡は約17万人だ。では、〈兵庫県36.3%、東京都17.2%、広島県1.2%〉、これらは何の数字か。

「2019年度の『死体解剖率』です。死は全ての人たちに平等に訪れるにもかかわらず、日本ではその扱われ方に地域格差があるんです。病院で死亡した場合、医師が死亡診断書を書き『普通の死』として扱われるのは全国同じです。でも、『異状死』と分類される、病院以外で死亡した場合は、扱い方が都道府県によってこんなに異なるのが日本の現状です」

 異状死のうち、事件性があると判断されれば、死体は各都道府県の大学医学部の法医科学室に運ばれ、法医学者によって解剖され、死因究明が行われる(司法解剖)。

 しかし、「監察医制度」のある東京23区、大阪市、神戸市以外では、事件性がないと判断されれば、警察医によって死体検案書に「心不全」などと書かれて処理され、おしまい。全国では90%の死体が未解剖。全国の法医学者らに取材し、こうした実態を明らかにするとともに問題点をあぶりだしたのが本書だ。

■専門知識を持たないものが検視

「まず問題なのが、事件性があるかないかを判断する検視。行うのは、医学的な知識が十分あるとは言えない警察官です。さらに、検視に立ち会って死因を決定するのは、ほとんどが開業医ら一般医。警察官も一般医も、死因究明について専門知識を持っていないんです。遺体外表の所見と死亡状況のみでほぼ判断していて、妥当な医学的検査がまったくと言っていいほど行われていない。その弊害によって、数多くの犯罪死が見逃されてきたんですよ」

 見逃し案件のひとつが、2007年に発覚した大相撲の時津風部屋の事件だ。覚えている人も多いだろう。入門間もない17歳の新弟子が、元親方と兄弟子からビール瓶などで暴行を受けて死亡した。当初、警察は病死と判断したが、遺体にアザがあったことなどから、遺族が独自に解剖を依頼して、事件が明るみに出たのだ。

 誤った「殺人罪」をつくってしまうこともある。

「果物ナイフを手にしていた妻が、夫婦喧嘩の際に誤って夫の鎖骨付近に刺してしまった。妻は夫を車に乗せて病院に行く。解剖学の知識があれば、出血源は胸腔内であることが明らかなのに、病院側が首にあると判断して手術を行い、手術中のミスによって夫は死亡したということがありました。検察の見立てが『妻に殺意があって、首に向けてナイフを振り下ろした』であったために、司法解剖した法医学者の鑑定がないがしろにされ、恣意的に1審で妻に殺人罪が適用されたんですよ」

 その事件では被疑者側が控訴。2審で、妻の殺意を認めず、傷害致死罪が適用されたものの高裁判決では「(治療にあたった)医師らの判断、措置が根本的に誤っているとは言えない」とされた。公権力が病院に忖度したとしか思えないことまで起きているのだ。冤罪疑惑が取りざたされるケースで、法医学者の提供する証拠が軽視されたり、思惑をもって利用されたりすることが少なくないという。

 他にも捜査に都合よく「死因」が使われた事例や、「死者の人権」を守るために闘う法医学者の姿、また死因究明の先進国・アメリカの制度なども入念に描かれている。

「誰しも病院以外で死ぬ可能性があります。自分が死んだとき、死因が特定されずに葬られることを望みますか?」と著者。読み進むほどに、死体格差、もとい死因究明の不透明さが他人事でないと思えてくる。

(新潮社 1650円)

▽やまだ・としひろ 1974年生まれ。国際ジャーナリスト。ロイター通信、ニューズウィーク日本+英語版などに勤務後、米マサチューセッツ工科大学フェロー(国際情勢とサイバーセキュリティー)を経てフリー。著書に「世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス」「サイバー戦争の今」など。

【連載】著者インタビュー

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