「日本の鬼図鑑」八木透監修
科学万能の現代にあっても、節分になると日本人は「鬼は外」と言いながら豆をまく。コロナ禍の今年は、一層の願いを込めてまいた人も多かったはず。
本書は、先人たちが生み出し、恐れ、戦ってきた日本のさまざまな鬼を紹介するビジュアル図鑑。
平安時代に書かれた最古の日本語辞典「和名類聚抄」によれば、「オニ」という語の語源は「隠」で、やがてオヌがなまってオニとなり、漢字の「鬼」の字があてられたという。
平安時代の文献に記された「鬼」は、すべて目に見えない、得体の知れない恐ろしい存在として描かれ、その象徴が疫病だと考えられる。古来、人間を悩ませてきた疫病は手の打ちようがなく「鬼の仕業」と考えざるを得なかったという。目に見えない存在ゆえにこの時代の鬼に形はない。
時代とともに鬼のイメージが多様化し、室町時代になると今日の鬼の原形のような姿が見られるようになる。そしてウシの角とトラの皮のパンツをはいたあの典型的な鬼が江戸時代に登場。一方で、時代とともに鬼の権威は低下し、人間に退治される弱い存在とみなされるようになってくる。
鬼の世界でもっともよく知られる最強の鬼が、多くの鬼たちを従えた酒呑童子だ。酒呑童子が拠点とした大江山には、他にも2つの鬼退治伝説が残る。
古くは古事記に記された日子坐王(崇神天皇の弟)が退治した土蜘蛛の陸耳御笠、もうひとつは麻呂子親王(聖徳太子の弟)が英胡、軽足、土熊を討った三上ケ嶽の鬼伝説だ。
大江山にこれらの伝説が生まれた理由のひとつは、山陰地方から大江山がある丹後にかけて金属鉱脈が豊富であったことが挙げられる。
朝廷はこの地域を手に入れるため鉱山をなりわいとしていた地方勢力を朝敵として制圧し、それを正当化するために彼らを土蜘蛛や鬼に仕立てたというのだ。
古代・中世では、疫病の他に、このように朝廷に反旗を翻す蝦夷や土蜘蛛と呼ばれたもの、天変地異現象、漂着した北方系外国人、そして仏法に敵対する存在などを鬼としてきた。
酒呑童子と双璧をなす日本人の誰もが知る鬼が桃太郎に退治される鬼であろう。
そのモデルは、崇神天皇の時代に吉備国(岡山県)・鬼ノ城を拠点に周辺を支配していた「温羅」という鬼だという。
こうした退治された鬼をはじめ、嫉妬で狂った公家の娘が自らの意思で鬼となった「橋姫」など、「鬼になった人間」や「百鬼夜行」、地獄の閻魔や獄卒、鬼子母神、羅刹のように「仏教から生まれた鬼」まで、さまざまな絵巻や物語に登場する代表的な34の鬼たちを解説。
それぞれの鬼と戦った人物たちのエピソードも添え、見応え、読み応え十分。鬼たちの物語を知れば知るほど、現代にも鬼があちらこちらにいることに気づく。鬼とは人間の心の奥に潜む憎悪や嫉妬、邪悪さの象徴だからだ。
(青幻舎 2420円)