「ウシのげっぷを退治しろ」大谷智通氏
牛のげっぷが地球温暖化に影響している? たかがげっぷ、温暖化に関わるほどのことなのか?と、牛のイラストカバーを見ながら疑問を抱いた人もいるのではないだろうか。
「人間の活動で排出される温室効果ガスで一番割合が多いのが二酸化炭素であることはよく知られていますが、次がメタンガスです。牛のげっぷの主成分はこのメタンなんですよ。牛1頭が1日に発生させるメタンガスが環境に与える負荷は、自動車1.7台分に相当するんですね」
メタンは、同じ重量で比較すると二酸化炭素の25~28倍の温室効果があり、地球温暖化に与える影響の約20%にあたるという。人間の経済活動が盛んになった産業革命(1750年)以降、二酸化炭素は46%、メタンは166%増加している(2019年時点)。現在、世界の人口は約78億7500万人で、牛は約15億頭。
本書は地球温暖化の一因として注目されている牛のげっぷに焦点を当て、その削減のための最新研究や人と牛の共存する未来の畜産について取り上げた科学ノンフィクションだ。
「牛のげっぷにメタンが多い理由は牛が4つの胃を持つ反芻動物だからです。1つ目の胃をルーメンと呼び、その容積は約200リットルでドラム缶くらいです。ここで牛の食べた草が微生物の働きにより発酵分解され、メタンが発生します。体重600キロの牛は1日あたり10~20キロの餌を食べ、400リットルのメタンを出します」
家畜としての反芻動物のげっぷに由来するメタンを二酸化炭素に換算すると、全世界で年間約20億トンと推定され、温室効果ガスの約4%に相当するという。なんと、このほとんどが牛から発生したものだというから驚きだ。地球上で約15億頭の牛が放出するメタンを減らすため、各国では研究が続けられている。
「過去、世界では牛のメタンを削減しつつ、エネルギー源となるプロピオン酸を増加させるには、抗生物質を使うしかありませんでした。ところが薬剤耐性菌が出現。それに代わるものを探していましたが、砂漠で一粒の金を見つけるごとく難しいといわれていたんですね。そのような中、この本で監修を務めた北海道大学大学院、小林泰男博士のチームでは、自然由来の“カシューナッツ殻液”に抗菌効果があることを発見。しかも餌の消化を妨げずにメタンを削減、さらにプロピオン酸を増加させる作用まであることがわかったんです。実際、約30%のメタン削減が確認されています」
■消費者も適度な肉食制限が必要
同液を使った混合飼料は製品化され、12年から国内販売されているそうだ。さらに小林博士らはメタン80%削減を目指し、メタン発生が少ない牛の微生物を特定し機能を利用する、牛の体内にカプセル型の装置を入れデータを取ることで個体別に餌を調整できるようにするなどの研究に取り組んでいる。
「長野県では柿皮、オーストラリアやアメリカではカギケノリ(海藻)、中国で茶葉の研究なども進んでいます。でも、それだけでは間に合わない。未来の畜産と人類のため、私たち消費者も肉食を適度に制限する努力が必要だと思いますね」
本書は平易な言葉で書かれ、小中高と学年が上がるにつれ理科への関心が減っていく日本の子どもたちに、科学はおもしろいぞという著者の思いも託されている。親子で「牛のげっぷ」をネタに語り合う姿も頼もしいではないか。
(旬報社 1760円)
▽大谷智通(おおたに・ともみち) 1982年、兵庫県生まれ。サイエンスライター、編集者、出版プロデューサー。「スタジオ大四畳半」代表。主な著書に「増補版 寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち」「えげつないいきもの図鑑 恐ろしくもおもしろい寄生生物60」「マンガはじめての生物学」など。