「沈黙の勇者たち」岡典子著
「沈黙の勇者たち」岡典子著
1941年10月、ユダヤ人に対する迫害を強めていったナチス政権は、本格的なユダヤ人の収容所への強制連行を始めた。国外への亡命がかなわずドイツにとどまったユダヤ人の一部は、収容所行きを逃れるために地下に潜行、その数は全ドイツで1万~1万2000人、そのうち5000人が生きて終戦を迎えたという。
しかし、当時のゲシュタポの監視の目は徹底しており、その目をかいくぐり半数近い人が逃げ延びられたのには、彼らのために隠れ家や食料を提供しかくまったドイツ人の存在が不可欠だった。今日のドイツでは、そうしたユダヤ人救援に関わった人たちを「沈黙の勇者」と呼んでいる。本書は「沈黙の勇者」たちと被援護者のユダヤ人たち双方の視点から実際に行われた救援活動の詳細をたどっていく。
ユダヤ人救援に関わったドイツ市民は少なく見積もって2万人。そのうち多数を占めていたのは女性で、夫を戦場に送っている既婚女性が多く、中には少年や兵役を免除されている障害者もいた。彼らをユダヤ人救援へと突き動かす要因はさまざまだ。ヒトラーやナチス体制に批判的という政治的理由もあるが、目の前で困っているユダヤ人を「気の毒だと思ったから」という人も少なくない。とはいえ、大多数が見て見ぬふりをしている中で、あえて火中の栗を拾う行為は簡単なことではない。
救援者のネットワークが存在していたことも、より多くのユダヤ人の救援を可能にした。あるユダヤ人夫婦は1年8カ月ほどの逃避行の間、ネットワークでつながった200人ものドイツ人救援者の手を借り、生き延びることができた。あるユダヤ人弁護士は身分証明書偽造のネットワークを組織し、数多くのユダヤ人の潜行を助けた。
極限状況に置かれたとき、人としていかに決断し、行動するのか。その選択は、今現在、あるいは近い将来の我々に鋭く問われている問題にほかならない。 <狸>
(新潮社 1925円)