「『泣き虫』チャーチル」広谷直路著
「『泣き虫』チャーチル」広谷直路著
1941年2月。ウィンストン・チャーチルは、首相官邸で駐イギリス日本大使・重光葵と対面した。日英両国の光輝ある歴史に言及したあと、チャーチルはこう述べた。
「もしいまナチスの政策に妥協するくらいなら英国はむしろ滅んだほうがよい。どんなことがあろうとも戦争は最後まで遂行する決心である」
するとチャーチルの目はみるみる潤みだし、重光はその熱涙に度肝を抜かれた。
戦争内閣の剛腕首相、徹底した反共主義者、スピーチの名人として知られるチャーチルは、実は涙もろかったのだ。
本作の著者は、「PLAYBOY日本版」編集長などを務めた元編集者。子どものころに偉人伝でチャーチルを知って以来、チャーチル本を読み続け、チャーチル研究がライフワークになった。長大なチャーチルの公式伝記をはじめ、多くの資料を駆使して書かれた本作は、人間くさいエピソードにあふれる人物伝であり、欧米から見た第2次世界大戦のドキュメンタリーでもある。
1940年6月、フランスがナチスドイツに降伏した。単独でナチスと戦う羽目になったチャーチルは、アメリカ合衆国の軍事支援と参戦を切に願った。フランクリン・ルーズベルト大統領にラブレターを送り、首脳会談で口説き、なだめ、すかし、懇願した。面倒くさい愛人のようだった大統領がようやく参戦を決めたとき、イライラと陰気だったチャーチルは人が変わったように明るくなった、と主治医が書き残している。戦友ルーズベルトがドイツの無条件降伏を目前に脳内出血で亡くなったときも、連合軍の戦勝に歓呼する国民を前に演説したときも、チャーチルは涙をぬぐおうとしなかった。
巻末にはチャーチルの名言が英語の原文付きで紹介されている。パンチのある言葉と本気の涙。残念ながら、いまのわが国の政治家たちは、どちらも持ち合わせていないようだ。
(集英社インターナショナル 1980円)