大高宏雄
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大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

「ONODA」外国人が小野田寛郎の“物語”を製作した理由について考える

公開日: 更新日:

 横井庄一と小野田寛郎の名を1970年代に知った人は当時、大きな衝撃を受けたと思う。第二次世界大戦が終結したあと、30年近くも南の島のジャングルに居続けていた。横井さんはグアム島、小野田さんはフィリピンのルバング島。そして、横井さんは72年に、小野田さんは74年に、それぞれ日本に帰ってきた。

 朴訥な素振りで「恥ずかしながら」と言った横井さんのほうが記憶に残るが、軍服姿の小野田さんの泰然とした姿も印象が強い。その後者の小野田さんを主人公にしたフランスなどの合作映画「ONODA 一万夜を越えて」(監督アルチュール・アラリ)が公開されている。これは、外国人が描く小野田寛郎の“物語”である。

 この製作を報道で知ったとき、ハッとした。日本人がこれまで正面から映画化しなかった小野田寛郎という人物に、なぜ外国人が関心を寄せたのか。すぐにそのことが頭をよぎった。戦争の犠牲者、日本独特の軍隊の理念、規律を貫き通した人といった視点が導入されるのか。天皇制との関係には、どこまで踏み込んでいるのか。そのあたりが大いに気になった。

 実際に映画を見ると驚きの連続であった。小野田(以降は映画の主人公として記述)が、2人の男の言葉を何があろうと何が起ころうと、最後まで従順に守り通そうとした人物として描かれていたからである。

 おそらく企画の発端には日本人に抱く不可思議さ、つまり神秘性があっただろうと筆者は推測する。これは外国人が日本を描くとき、比較的多いと見られる動機である。

小野田を感化する父と指導者

 日本人とは何だろう。東洋と西洋の違いだけでは割り切れない日本独自の国家の形、社会や生活様式などから生まれる日本人像。小野田寛郎は格好の人物に見えたのではないか。ただ本作が興味深いのは、そこが企画の起点にあったかもしれないが、そこに留まってはいなかったことだ。

 小野田を感化する2人とは、父と指導者である。両者は多くの人にとっても成長していく過程において非常に大きな影響を与える人物と考えていい。戦場に向かう際、父は「捕虜としての辱しめを受けてはならない」などと言う。ところが、指導者はそのようなことは言わず、「徹底抗戦しろ」との過酷極まりない“教え”を説く。

 前者では「死」を、後者では「生」を指している。2つの言葉は相反するようにみえるが、実は似ている点がある。「何が何でも、戦場であるその地に居続けろ」ということだ。「死」と「生」が奇妙に融合していくというべきか。小野田はとくに後者の指導者の言葉を強い信念として、徹頭徹尾、戦地で戦い続けるのである。

 小野田役は遠藤雄弥(青年期)と津田寛治(成年期)が演じる。2人の俳優が、小野田に乗りうつったかのような気迫ある演技を見せた。遠藤は次第に尋常さが遠のいていく表情、目つきの変化を見事に表現する。津田は痩せ細った風貌、肉体の中にこの世の地獄の光景を刻みつける。

外国人が「最後の日本兵」にこだわった理由

 さきに述べたように指導者を演じたイッセー尾形の役柄も、本作の大きな見どころといえるだろう。陸軍中野学校二俣分校で、若き小野田を鍛え上げる男である。弁舌鮮やかなカリスマ的リーダーである彼は「(いつかは戦地に)迎えに行く」ということも言っている。この言葉が、どれほど小野田の気持ちを奮い立たせたかは想像に余りある。

 ここから、本作を成立させている一つの構図が見えてくる。それは、国家、指導者(教育者)、肉親、個人という関係性の中、本作では指導者と個人のつながり、精神の交流がとてつもなく大きいもののように描かれていることだ。この部分が、広義の国家主義、軍国主義を介した戦争もの、反戦映画とはかなり趣を異にすると考える。指導者と個人。この関係性は戦争の実相を表す一つの本質のようにも見えてくる。

 外国人が、なぜ「最後の日本兵」にこだわったのか。それは当初、終戦から30年近くも戦争を生きてきた不可解な日本人への関心含め、実体がよくわからない曖昧極まる日本人像へのアプローチの意味も大きかったのだろう。ただ現実を調べ、フィクションとして様々なことを“物語”に積み上げていくプロセスの中で、先のような構図が出てきたのではないか。

 その構図の上には、れっきとした国家が位置しているのは改めていうまでもない。なにも日本に限った話ではないだろう。本作が意義深いのはこの点である。もちろん、まったく違った小野田寛郎の“物語”もあり得ると思う。

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