市川中車が秘める“猿之助継承”の野望と「ゆくゆくは名跡を息子に」のシナリオ
「やはり團子さんの存在でしょうね」とタニマチ筋はこう続けた。
「もともと團子とは、猿之助の子ども時代の名前なんです。その猿之助の名跡をゆくゆくは團子に継がせ5代目を襲名というシナリオを中車が思い浮かべている可能性はあるでしょう。中車自身にも、澤瀉屋の二枚看板のもうひとつ、段四郎を継ぐという野望が見え隠れしているという指摘もあります」
松竹はそうした中車のハラのうちがどうであれ、猿之助の再びの担ぎ出しを狙っているようだ。表舞台には出てきていないが、「松竹は事件後、身元保証人などからの手厚いケアを約束し支えるともっぱらでした」(前出の記者)というのである。
28日に都内のホテルで催された「送る会」には歌舞伎俳優やタニマチ、関係者ら約700人が出席。そこではさまざまな思惑や見立て、噂話が交錯していたという。