乳がん手術後に放射線治療を受けている患者さんのケース
しかし、その患者さんは左半身の血管は使えず、右半身の血管で勝負するしかありません。助手には任せられない状況だったので、血管の採取からひとつひとつすべて自分で行いました。まずは右腕の橈骨動脈、次に右側の内胸動脈、さらに胃の周りの右胃大網動脈を採取します。そこからまた開胸して癒着を剥離してからバイパスを作り、弁をひとつは形成して、もうひとつは生体弁に置換。さらに、不整脈の改善のために心房の筋肉を切り刻むメイズ手術を行いました。手術はトータル10時間30分ほどかかりました。手間がかかる再手術ではなく、初回の手術でこれだけ時間がかかるのは極めて異例です。
なぜ、ここまで大がかりな手術をしなければならないかというと、乳がん手術後の放射線治療による石灰化から起こった心臓病というのは、「中途半端に終わらせると、術後1カ月以内の死亡率が非常に高くなる」というデータがあるからです。放射線と癒着の影響で心臓が広がりにくくなる拡張障害が起こっているため、適当なところで手術を終わらせて病気を残してしまうと、血圧がきちんとコントロールできなくなるなどして悪化しやすくなります。「まあこんなところでいいか」で済ませると、大きなしっぺ返しがくるのです。こうした患者さんは決して多いわけではありませんが、平均で年間2人ほど手術をしています。たしかに大変ではありますが、すべてしっかり終えて、患者さんが見違えるほど回復していくと、大きな手応えを感じます。