まるで「戦後の闇市」のような大井町の一角でセンベロ 亡き父の若き日を思う
とんかつ屋で酒を飲むことに憧れた
さて、ちょっと飲んで逆に食欲に火が付いたアタシが向かったのは、とんかつの丸八。昭和30年創業の老舗。店の方たちは皆さん親切で老舗にありがちな偉ぶったところがまったくない。2階の座敷もいいが、2人までならカウンターで一杯やるのも捨てがたい。清潔な白木のカウンターに陣取ってまずは瓶ビール。
つまみはトマト(500円)とロースハム(800円)。ロースハムは目の前でスライスしてくれる。貧乏性のアタシはそのまま食べるのがもったいなく、パンにはさんでからしをつけて食ったらさぞうまいだろうなぁ……と、そんなことを考えているうちに単品で注文した串カツ(1100円)が揚がった。
縦にカットされた断面から湯気が上がり、肉の間に挟まった玉ねぎが甘く香る。卵たっぷりの衣はそれだけでもうまそう。ソースとからしをたっぷりつけてガブリ、ビールをグビリ。世の中にこれ以上の喜びがあろうか。
ときは夕刻。年配のサラリーマンが若手を連れて店内に。奥に座敷のある2階に消えたのを見て思い出した。
小津安二郎の「秋刀魚の味」で、佐田啓二が座敷でビールを飲み、ヒレカツを食べながら後輩と談笑する場面がある。若いころにこの映画を見たとき、やけにこのシーンだけが大人っぽく感じられ、いつかはとんかつをつまみに酒を飲みたいと思ったものだ。とんかつ屋で酒を飲むのは、やはり大人じゃないとさまにならない。2階の光景を想像して、ますますいい気分になった。(藤井優)
○晩杯屋大井町店 品川区東大井5-3-5
○丸八とんかつ店 本店 品川区東大井5-4-10