谷中「乃池」の穴子寿司で蘇る四半世紀前の思い出
第67回 谷中(文京区)
このコラムで寿司屋を紹介するのは今回が初めてである。
町を歩きながら、「おや、この店なかなかよさげだな」といったノリで寿司屋の暖簾をくぐることはよほど修業を積んだ達人でも難しい。回転寿司や有名店は別ですよ。いわゆる町の普通の寿司屋。そういった店はカウンター中心で客のほとんどは常連だ。
が、池波正太郎さんのエッセーにそんなときの心得が書いてあった。テーブルがあればテーブルに座り、余計なツマミなどは頼まず、握りの上が食べたければ、「握りの上を1人前お願いします」。これでいい。
その教えを胸に今回お邪魔したのは、谷中の名店「乃池」だ。
四半世紀前、ある劇団の女優と昵懇になった。千秋楽の舞台を見に行くと終演後、穴子寿司がふるまわれアタシも2、3貫ご相伴にあずかった。その穴子の握りがめっぽううまかった。穴子寿司で有名な谷中の乃池という寿司屋からの差し入れで、そこの大将が劇団のファンだったのだ。
今回、谷根千を歩いて、ここだけは外せないと思ったのがこの乃池。大将がご存命なら間もなく100歳。ランチタイムなら穴子寿司目当ての一見客も多いから、そこに潜り込んで話を聞こうと、そんな作戦でランチタイムが終わる30分前に行ってみた。
が、すでに品切れ準備中。しょうがない。5時まで時間を潰そう。谷中を散策、上野桜木を抜けて国立科学博物館へ。恐竜の化石を見ながら今夜の作戦を練る。ええい、ままよ! 飛び込んじゃえってんで5時前に戻ると、ほどなく暖簾を掛けに出てきた主らしき人に「一人なんですが。初めてで」。ちらと店内をのぞくと、「どうぞ」。8席ほどのカウンターは1席を除いてすべて予約済み。アタシを角の席に案内してくれたのは現在、店を守る土井店長。早速「穴子寿司(3000円)を1人前と赤星の中瓶(700円)をお願いします」。