米内光政のグループは「軍事的勝利ありえない」で一致した
太平洋戦争は外交が軍事に屈服した結果であった。外交の当事者たちは挫折感、敗北感に打ちひしがれていた。開戦に踏み切るまでにもっと有効な手立てはなかったのか、それが昭和10年代を担った外務省関係のスタッフたちの疑問であった。
その中で最も強い怒りを持ったのが有田八郎であった…
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