W杯8強の立役者&球界きってのラグビー通2人の「異色鼎談」

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長谷川慎スクラムコーチ × 権藤博氏 × 二宮清純氏

 自国開催のW杯で史上初のベスト8に進出し、令和元年のスポーツ界を席巻したラグビー日本代表。専門家から「快進撃の陰の立役者」と称されたのが、長谷川慎スクラムコーチ(47)である。パワーと体格で劣る日本のFW陣を鍛え上げ、長く弱点とされたスクラムで強豪国と互角以上に渡り合った。そのFW陣の奮闘を絶賛するのが、日刊ゲンダイコラムでお馴染みの野球評論家の権藤博氏(81)だ。実は権藤氏、ファン歴65年以上という球界きってのラグビー通。両者と親交の深いスポーツジャーナリストの二宮清純氏に司会を務めてもらい、話は大いに盛り上がった。

  ◇  ◇  ◇

二宮氏(以下、二) あの強靱で再現性の高いスクラムはどうやって設計したんですか?

長谷川氏(以下、長) ヤマハのコーチ時代から実は、いずれ日本代表のコーチをやってみたいと思っていて、日本代表が海外の選手とどうスクラムを組めばいいか、ある意味、ヤマハの選手を使って実験していました。

権藤氏(以下、権) 私は「野球の9割は投手で決まる」が持論。ラグビーだったらスクラムですかね。スクラムで負けると、精神的にもこたえるんじゃないですか?

 おっしゃる通りです。例えばバックスがボールを落としたり、ラインアウトで相手に取られたりは、単なるミスと割り切れる。でも、スクラムでボールを失うと精神的にきつい。力で負けたことになるので、チーム全体が精神的な不安を引きずるんです。

二 権藤さんはいつからラグビーファンに?

 中学時代から。(1952年から53年にかけて来日した)オックスフォード大、ケンブリッジ大も見ましたね。

番長というよりスクラム技師

 長谷川さんには「スクラム番長」の異名がありますが、私は「スクラム技師」と呼んでいる。力を漏らさず伝えるためFW8人の16本の足、80本の指、膝や足首の角度を1センチ単位で計測する。

 W杯前の7月、8月にやった宮崎合宿が最もきつい練習だったと思います。時間が足りず、夕食後のナイターでひたすらやった。ボールを使わないで、スクラムの組み方だけを延々と。笛の合図で8人が一度、体を沈めて1、2で押す。次の笛でまた沈んで1、2で押す。選手はみんな首(の皮)がむけたりとか大変でしたが、きつい練習をやっていくうち、8人がいかにラクに押せるかを考えて、そこから大きく変わりました。

 スクラムを組む際、100以上のチェックポイントがある、という報道もあった。

 100枚くらいの資料があると言ったのが、どういうわけかそんな話になった。でも、作った資料で言えば、3000枚、4000枚はあります。試合前には対戦相手の過去のスクラムの映像を500本以上は見ますので。毎試合それをやって資料を作ります。

 さすが、スクラム技師!

 スクラムを組む前、組んだ瞬間、組んだあとに分けて考えました。組む前の約束事で言えば、スパイクのポイント(突起)にもこだわった。前側の4個のポイント×両足×8人、計64個のポイントをしっかり芝にかける。そうやって、一気に上がってぶつかる。相手の姿勢がまだ70%の状態で、こちらは100%の状態でヒットできるように。

 ひとりが合わなかったらガタガタになってしまう。頭ではなく体で分かるようにしなければいけないわけだ。

 今回のW杯はFW陣全員がMVPでしょう。中でも、ひとり挙げるとすれば?

 キーマンは堀江(翔太=33、フッカー)でした。私が2016年に日本代表のスクラムコーチになったとき、特に堀江は僕にいい感情を持っていなかったと思います。その前のシーズンの開幕戦で私がコーチを務めるヤマハと堀江のいるパナソニックが対戦して、スクラムでヤマハがボコボコにしたんです。私が代表のスクラムコーチになって1年間は、堀江も(長谷川氏の指導を)とりあえずやってみるか、という感じでした。

■南アに敗退後のロッカールームで堀江が…

 その堀江がW杯では「慎さんのスクラムをやれば押されない」とまで言うようになった。

 W杯の準々決勝で南アフリカに負けたあと、ロッカールームで堀江が僕のところに来た。手に試合で着ていたジャージーを持っていて「慎さん、これ、あげます」と。そんな大事なものいいの?と言ったら「W杯の5試合できょうが唯一、スクラムで負けた試合だった。次のW杯は、ちゃんと押されないスクラムをつくってください。このジャージーを見て頑張ってください」って。どこから目線や! と思いましたが(笑い)、うれしかったですね。いずれ引退したらラグビーとは別のことをやると言っていた堀江がW杯後には、コーチをやりたい、無給でいいから「慎さんの下で働かせてくれ」とも言ってくれました。

 コーチ冥利に尽きるね。でもね、仮に堀江選手を横に置いてもアナタと同じことはできない。ノウハウは学べても、最後の芯のところは物真似ではダメ。長谷川さんにはオリジナルがある。そこがアナタのすごいところ。長谷川オリジナルをつくった。

 真似とオリジナルは違うということですね。

■稲尾さんを真似たが…

 入り口は物真似でいい。私も(元西鉄投手で通算276勝の)稲尾和久さんに憧れ、アマチュア時代にそっくりそのままフォームを真似た。でも、出来上がったものはまったく違った。やっていくうちに権藤オリジナルができた。やはりオリジナルを持っている人は強いんです。

 日本のスポーツ界は最終目標が監督に置かれる。僕も将来的にはヘッドコーチになるんですか、監督を目指すんですか、と聞かれます。でも、スクラムコーチになったときに、監督とかヘッドコーチに興味がなくなりました。というか、このままずっとスクラムコーチをやりたい、と。マネジャーよりもエンジニアでいたいんです。

 職人魂ですね。権藤さんと長谷川さんの共通点はそこだと思う。権藤さんも投手コーチ職人で監督なにするものぞ、との気概があった。長谷川さんも同じでしょう?

 監督より偉いとは思っていませんが、ヤマハでは監督の清宮さん(克幸氏=52、現ラグビー協会副会長)とよくケンカをしました。練習中でも試合中でもしょっちゅうぶつかったし、ロッカールームに選手が入ってこれないくらいの大喧嘩もしました。でも、お互い目指すところは一緒で、後腐れもなにもない。散々、やり合ったあとに、(ヤマハの本拠地の)磐田から東京に帰る車はいつも2人。さすがに、めちゃくちゃ気まずいんですけどね(笑い)。

▽長谷川慎(はせがわ・しん) 
1972年3月31日、京都市生まれ。東山高から中央大を経てサントリーに入社。プロップ、フッカーとして活躍した。日本代表キャップ40。2007年に現役引退後、サントリーでコーチを務め、フランス留学後の11年に清宮監督が率いるヤマハ発動機のフォワードコーチに就任。16年秋に日本代表のスクラムコーチに抜擢され、日本のスクラムを世界レベルに押し上げた。

▽権藤博(ごんどう・ひろし) 
1938年12月2日、佐賀県生まれ。61年に中日に入団し、1年目に35勝を挙げて最多勝、沢村賞などタイトルを総なめにした。現役引退後は中日、近鉄などで投手コーチを歴任し、横浜監督に就任した98年にチームを38年ぶりの日本一に導いた。2019年に野球殿堂入り。

▽二宮清純(にのみや・せいじゅん) 
1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとして国内外で取材活動を展開。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」「スポーツを『視る』技術」など著書多数。権藤氏との共著「継投論」が好評発売中。J:COMラグビーサイトで「ノーサイドラウンジ」を連載中。

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