「魔術師の視線」本多孝好著
小説巧者は、派手な道具立てを作らずにスリリングな話を紡ぎだす。たとえば本書は、楠瀬薫のもとを14歳の少女礼が訪ねてくるのが発端である。ビデオジャーナリストの薫は3年前に、超能力少女として売り出した礼の嘘を暴露した。結果として礼はスキャンダルの渦中に放り込まれる。そこまでするつもりのなかった楠瀬薫は、騒ぎが一段落してから訪ね、詫びるつもりで「何かあったら電話して」と声をかける。その言葉を覚えていた礼が薫を訪ねてきた。ストーカーに悩まされている、相談する大人がいないと礼は言う。しかし、それは少女の狂言ではないかと薫は考える。
これが冒頭の挿話で、雑誌記者時代の先輩友紀、礼にインチキを教えた超能力者宮城大悟、突然入閣した政治家の寺内隆宏、薫が所属する事務所の社長塚越などが、この挿話を縫うように登場する。美人教授八木葉子と寺内隆宏の密会を暴露した回想もここに登場する。それが100ページちょっと。全体の3分の1だが、主要な人物も出来事も、ここまででだいたい出そろっている。ここからどんな話を紡ぎだすかは本書を読まれたい。驚くほど色彩感豊かな話が展開するのだ。