「日本の海岸線をゆく」公益社団法人 日本写真家協会編
「四方を海に囲まれた」とは日本列島を表す常套句だが、事実、日本の文化、そして国民性は計り知れない影響を海から受けてきた。
本書は、海と陸とを分ける実に3万5000キロ以上に及ぶ海岸線を旅するように、全国各地の海沿いで営まれる人々の暮らしやその風景を活写した123人の写真家による197の作品を編んだ写真集。
旅の始まりは「東京湾岸・房総」。揚がったばかりの10メートルものツチクジラを4人がかりで解体する男たち、サーフィンに興じる人々、170年も前から行われている大原はだか祭りのハイライトで18の神社の神輿が一斉に海に入ってもみあう「汐ふみ」のシーンなど。豊かな恵み、遊びの場、そして信仰の対象と、冒頭の数葉の作品を見ただけで、海と私たちの暮らしの関係が伝わってくる。
もちろん、きれいごとだけでなく、埠頭から投げ捨てられたゴミが山のように積みあがる横浜の山下公園の海底の様子など、現実もありのままに写し取る。
東京から1740キロ、浸食を防ぐために周囲をコンクリートの要塞で固められた日本でもっとも小さな領土「沖ノ鳥島」の、普通では訪ねることも見ることもできない「海岸線」の写真もある。
その他、海と山に挟まれたわずかな隙間に敷かれたレールの上を波しぶきを受けながら走る北海道の日高本線や、海水があまりに透き通っているため、まるで空中に浮かんでいるかのようなたらい舟(新潟)、かつて公害問題の最前線だったが今は観光スポットにもなっている四日市コンビナート(三重)、海に沈んだ平家の霊を慰めるために始まったという瀬戸内海の白石島の盆踊りの幻想的な風景(岡山)、水俣病が確認されて60年という節目に集まった患者と家族の記念写真(熊本)、錦江湾を赤く染める桜島の噴火(鹿児島)、海のかなたからくる神々を浜辺で迎える竹富島の神司たち(沖縄)など。なんと日本は豊かで、美しく、多様性に富んだ国なのだろうと改めて感じさせてくれる。
しかし、海が決して恵みだけをもたらす存在ではないことを5年前に我々は思い知らされた。まるで引きちぎられたかのように突然途切れた道路の先に海が広がる岩手の海岸線など、津波と地震によって瞬時に破壊された被災地の風景も収録する。
実は日本の海岸線の4割近くがコンクリートなどの人工的な護岸に造り変えられているという。変わり続ける日本の今を記録した貴重な写真集だ。(平凡社 3200円+税)