パリでナチスに抗した無名の人々の記録
「パリは燃えているか?」(上・下) ラリー・コリンズ、ドミニク・ラピエール著、志摩隆訳
第2次世界大戦末期、各地で敗北を重ねていたヒトラーは、パリを占領しているドイツ軍兵士に指令を出す。
「パリを敵の手中に渡してはならぬ。もし、敵の手中に渡すときには、パリは廃虚となっていなければならぬ」
パリ軍政長官コルティッツ将軍は、パリを己と道連れに破滅させようとするヒトラーに狂気を感じながらも、凱旋門、エッフェル塔、ノートルダム寺院と、いたるところに爆薬を仕掛ける。
一方、フランスの共産主義勢力は、市民の一斉蜂起を企てていた。もし、これが現実化したら、ドイツ軍との激しい戦いの末、大勢の市民が犠牲となり、世界に誇る美しい街並みは焦土と化すだろう。この緊迫した状況の中、スウェーデン総領事のノルドリンクは、抵抗派の救命に動きだす。
本書はアメリカ人記者ラリー・コリンズと、フランス人記者のドミニク・ラピエールが3年の歳月をかけて、膨大な資料と聞き取り調査によって書き上げた戦史ドキュメンタリーである。
記録されなければ歴史に埋もれてしまうだろう無名の人々の姿が印象的だ。例えば収監されていた囚人たちがドイツの収容所に送られていくシーン。生きて帰ることが絶望的な状況の中、ポーランド人歌姫ノラの声がバスの中から誇らしげに聞こえてくる。
「このフランスの国で、私を待っていて。すぐ帰ってくるからね」
旧式のホッチキス機関銃一丁でドイツ軍に立ち向かい、炸裂弾で頭蓋を砕かれた15歳の装填手ジャノ、戦車を炎上させ、雨あられと降り注ぐ機銃に打たれて路上に倒れた赤いスカートの少女、戦火の中で湧き起こる〈ラ・マルセイエーズ〉。
一人一人の力は小さくても、無数の人々の運命が縒り合わされ、うねりとなって歴史が生まれてくる。その様に心打たれる。過去に映画化されたこともある本作は、今年、文庫として出版された。読み継がれるべきノンフィクションの傑作だ。(早川書房 各1100円+税)