「姉・米原万里」井上ユリ著
米原万里は、ロシア語の通訳、エッセイスト。2006年、がんのため56歳で亡くなったが、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」などの名エッセーや、大胆な発言をするコメンテーターぶりは、多くの人の記憶に残っていることだろう。
万里の3歳年下の妹ユリが、幼いころからの記憶をたどりながら、姉との日々を描いている。米原一族はそろって大食い。ゆで卵、黒パン、ペリメニ(ロシア風水餃子)、父のつくったシチューなど、食べものにまつわる愉快なエピソードを通して、万里の素顔が浮かび上がる。
万里はトットちゃん(黒柳徹子)顔負けの個性的な子どもだった。幼いころ、昔のくみ取り式の「お便所」に、一度ならず三度も落ちた。想像の世界に入り込んで上の空だったのだろうか、と妹は首をかしげる。
万里が小学校3年のときから5年間、一家はチェコスロバキアのプラハで暮らした。父は共産党の幹部で、プラハにある共産主義運動の理論誌の編集局に日本代表として勤めることになったからだ。姉妹でソビエト学校で学び、遊んだ。後に万里はロシア語の通訳になり、ユリは調理師の勉強をして料理教室を開き、作家・井上ひさしの妻となった。
高いヒールに明るい色の服、大きなアクセサリー。見た目が派手で才気にあふれ、怖いもの知らずに見える万里だったが、少し臆病でもあった。新しいことを前に二の足を踏むようなところがあった。建築家の夢はあきらめたが、才能のおもむくままにものを書く人になり、その作品は今も読み継がれている。没後10年。
「姉は持ち前のエネルギーで、精神を自由に全開させて生きることができた」と妹は思っている。(文藝春秋 1500円+税)