吉田松陰も読んだ江戸時代の禁書
「大航海時代の地球見聞録 通解『職方外紀』」ジュリオ・アレーニ著、齊藤正高訳
聖徳太子の存在に疑義が呈されたり、鎌倉幕府の成立は1192年ではなく、頼朝が諸国に守護・地頭を置く権利を得た1185年説が有力となったり、近年、日本史の教科書の記述が変化している。
江戸時代を特徴づける政策とされた「鎖国」もそのひとつ。現在の教科書では、「いわゆる鎖国」として完全に国を閉ざしていたのではなく、長崎(対中国・オランダ)、薩摩(対琉球)、対馬(対朝鮮)、松前(対アイヌ)という4つの入り口を通して対外交流がなされていたというのが主流。そんな入り口のひとつからもたらされた「世界案内」が、ベネチア生まれのイエズス会宣教師ジュリオ・アレーニが中国人向けに記した「職方外紀」(1623年)で、一般には禁書であったが、密かに書き写されて広まったという。
本書はその現代語訳で、詳細な注が付されている。アジア、ヨーロッパ、リビア(アフリカ)、アメリカ、海洋の全5章に分かれ、冒頭には各地域の地図、続いてそれぞれの社会、文化、風俗などを概説している。
面白いのは適正な記事と荒唐無稽なものとが入り交じっていること。ヨーロッパの産業や地理などは正確だが、その性情に関しては、他愛意識が強く慈悲の心に優れ、国同士も友好的だと美化されている。かと思えば、北海には身長60センチそこそこの小人国があり、南米のパタゴニアに身の丈3メートルを超え全身毛に覆われている巨人国があるとの記事があったり、一角獣など想像上の動物も実在するものとして登場する。
西川如見が自らの著書に本書の一部を訳して引用したり、かの吉田松陰もこれを読んでいたりと、江戸の知識人に少なからぬ影響を与えている。写本も各地に多く残されているというから、研究が進めば、江戸人が世界をどう見ていたかを新たに知ることができるかもしれない。
〈狸〉