「この世の春」(上・下)宮部みゆき著
宮部みゆきの作家生活30周年記念作品であり、2017年の新刊はこれだけというから、これはぜひ読まねばならない。しかしこれは、時代小説なのだが同時にミステリーでもあるので、粗筋紹介には注意が必要だ。
冒頭で語られるのは、主君押込である。つまり家臣による主君の強制隠居。その理由は、当該の主君の不行跡と暴政だ。
で、北見藩の6代目藩主、重興は座敷牢に押し込められ、多紀がその世話をすることになる。多紀が選ばれたのは、その母が、人の霊魂を操り、それと意思を通じ合わせる技(御霊繰)を持つ一族の出、だからである。その一族の血を引く者ならば、元主君の役に立つのではないかと、多紀に声がかかったというわけだ。つまり6代目藩主、重興の不行跡とは、何か人の霊魂を操る者に関係しているのではないか、というムードがここから伝わってくる。
そうか、だから、「サイコ&ミステリー」なんだ、と思うところだが、そんな「フツーの話」を宮部みゆきが書くと思いますか? おっと、これ以上は紹介できない。
構成が凝りに凝っていること、わき役たちの造形が秀逸なこと、暗く重い話であるのになんだか力がむくむくと湧いてくること――そのすべてが素晴らしい。これは宮部みゆきにしか書き得ない物語だ。
2017年に小説を1冊だけ読むとするなら、本書だけでいい。そんな気がしてくる傑作である。
(新潮社 各1600円+税)