「トヨタ物語」野地秩嘉氏
「トヨタ自動車の強さの本質は、技術革新ではなくイノベーション。この点を見誤り、トヨタ生産方式という手法論にばかり気を取られてしまうと、どんなにたくさんの“トヨタ本”を読んでも自分の仕事に生かすことはできないでしょう」
本書は、数々の困難を乗り越えながら成長してきたトヨタ自動車の根幹を支えたトヨタ生産方式が、どのように生まれ、そして定着していったのかにスポットを当てた巨編ノンフィクション。同方式を解説した書籍は数あるが、現場の作業者たちの声からその本質に迫っている点が本書の特徴である。
ノンフィクション作家である著者は、7年にわたるトヨタへの単独取材を行い、日本とアメリカの工場を70回以上見学。無駄を徹底的に排除する「ジャスト・イン・タイム」や「カイゼン」の意義をひもといてきた。
「トヨタの現場だけを見ていたのでは分からないこともあるため、他社の工場も取材しました。すると、トヨタにしかない特徴も見えてきました。それは、工場内のレイアウトが常に変化しているということです。普通、自動車を組み立てるラインは一度設定されれば長い間ほとんど変わることはありません。ところがトヨタでは、前回の見学時にラインだった場所が、次の見学時にはまったく別の作業スペースになっていたりするんです」
すべての社員に、生産性向上のために思考する習慣が染みついており、ゴミ箱の位置であろうがラインの設定であろうが、常に変化することが当たり前。これこそが、イノベーションの大本であると著者は言う。
「技術革新が発明だとしたら、イノベーションとは発見であり、まったく別のもの。例えば、コンビニのオニギリを例に取りましょう。1978年以降にオニギリの個別包装が始まりました。これは技術革新です。そして、ここからイノベーションが起きた。それまでは2、3個がパックに詰められ、海苔を巻いた状態が当たり前でしたが、個別包装ならばご飯と海苔を別にしておけて、いつでもパリッとした海苔の風味を楽しめるオニギリができるのではないかと考えられたわけです。これが、イノベーションという発見です」
カイゼンをしようとすると、大掛かりで大金をかけた革新を行わなければと勘違いしてしまう。しかし、金をかけてカイゼンすると、“せっかく変えたのに”と、もったいなくなり、次のカイゼンがしにくくなる。カイゼンとは、金をかけずに現場の知恵で行うものであり、そこにトヨタの強みがあると本書は説く。
どのような過程を経てイノベーティブな組織へと進化してきたのか。本書には、膨大な現場取材を重ねてきたからこその場面もつづられている。トヨタ自動車の副会長も務めた池渕浩介氏は若かりし頃、トヨタ生産方式を体系化した大野耐一氏のこんな場面を見たという。
「大野氏は工場の床にチョークで円を描き、部下に対して“この中にずっと立って作業者の動作を観察し、無駄を発見しろ”と指示していたそうです。今ならばパワハラで訴えられそうですが、そうやって常にカイゼンについて考える姿勢を教えてきたことが、トヨタの強さにつながったと考えることもできます」
イノベーションを続けて実践すること。日本人や日本の企業にとってはもっとも苦手とすることかもしれない。しかし、チャレンジングでフットワークの軽い世界各国の企業と戦っていくためには、現場の知恵を生かした試行錯誤が不可欠である。
「自動車メーカーと物書きはまったく別ですが、本書の取材を通じて私自身も変化しました。当たり前にやってきた作業を疑い、無駄を省くカイゼンが身に付いたことで効率よく仕事ができるようになり、取材時間も短くて済むようになりました(笑い)」
(日経BP社 2300円+税)
▽のじ・つねよし 1957年東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務などを経て現職。「TOKYOオリンピック物語」でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。「サービスの達人たち」「ビートルズを呼んだ男」「高倉健ラストインタヴューズ」「ヤンキー社長」など著書多数。