「東京店構えマテウシュ・ウルバノヴィチ作品集」マテウシュ・ウルバノヴィチ著 サイドランチ編
ポーランド人の著者は旅行で初めて日本を訪れたとき、宿泊先近くの日本人には何でもない一般的な住宅街の風景に「インスピレーションの爆発」を引き起こされたという。目の前に広がる風景は、アニメや漫画でよく知る場所に戻ってきたような感覚だった。しかし、角を曲がった先に何があるのかをあらかじめ知っているようでいて、実際に曲がってみると、想像よりもさらに面白い風景が広がっていたという。
本書は、現在は日本を拠点に活動をする著者のそんな心の琴線に触れた東京のレトロで小さな店を描いたイラスト集。
懐かしい呼称が今もそのまま店名に残る神田の「栄屋ミルクホール」など、マスコミでよく取り上げられる有名店や、千駄木の老舗「菊見せんべい総本店」のように日本建築のお手本のような堂々とした店舗も網羅するが、一方で、地域の人々に愛され続けてきた知る人ぞ知る小さなお店にも目を向ける。
そんなひとつ、湯島駅近くのサンドイッチ屋さん「北海ベーカリー」は、赤・白・青の3色のひさしと、店先やバルコニーでジャングル化した植物たちが客を出迎えてくれる。
ガラス戸に張られた手描きの価格表や日よけの花柄カーテンなど、著者のお気に入りのポイントは、さらに拡大して解説も加える。
阿佐谷のかつてパン屋さんだったという「さいとう」は、そのモダンでスタイリッシュな建物前面のデザインに一目惚れ。実際にはアーケードの屋根で見えない部分まできちんと再現して描く。
店先の配達用バイク「スーパーカブ」もちゃんと描き込まれている。
同じく阿佐谷の焼き鳥屋「鳥久」は、店から突き出た太い金属ダクトが屋根まで延びている。そのダクトのステンレスの質感や、入り口の梁に使われた木材の歪みまで正確に再現する。
それもそのはず、著者はあの新海誠監督作品で背景美術を手掛けているという。ただ精緻に店を再現するだけでなく、店の内部にともる電灯のぬくもりなど、そこで商いをする人の気配や、店の歴史までもが作品から伝わってくる。
店舗だけでなく、間口ぎりぎりの屋内に収納されたフォークリフトに目を奪われたと、入船の貨物会社「中央物流株式会社」の「社屋」なども登場。
一方で、吉祥寺と神楽坂にある2つの異なる自転車屋さんの気に入ったディテールを一つに合わせたこの世にはない店舗や、今はもう取り外された看板を昔の写真をもとに書き加えるなど、随所に著者の遊び心とこだわりが詰まっている。
「千駄木―神保町」から「中央線沿線」まで、都内5エリアの50物件を描き出す。
中には、浅草の専門店「座ぶとんのこいずみ」や、赤と白のストライプの軒テントが可愛らしい千駄木の「ヤマネ肉店」のように、惜しくも閉店してしまった店もあり、今となっては、東京の町の風景の歴史を伝える貴重な作品集となっている。
(エムディエヌコーポレーション 2300円+税)