「幕末暗殺!」鈴木英治ほか著
世界各地でひんぴんとテロ事件が起きている。そんな酸鼻な事件をテレビで見たり、新聞で読んだりしながら、日本人の多くは心を痛めながらも、頭のどこかで「国内にいるかぎり、テロには無縁」と思っている。日本には人種・宗教の対立はないし、そもそも日本人には原理主義や過激思想はなじまないから、と。
だが、かつて日本にも開国か否かの激しい対立や、尊王攘夷という原理主義にもとづくテロ事件が横行した時代があった。そんな時代を、7編の短編小説で描いたのが本書である。
なかでも、早見俊著「刺客 伊藤博文」は、塙忠宝(塙保己一の四男)の暗殺を描いている。廃帝(天皇を退位させること)の事例を調べている国学者の塙忠宝は、幕府の意向を受けた御用学者だと、尊王攘夷の志士は憤激した。そして、文久2(1862)年12月21日夜、伊藤俊輔ら2人の武士が、武器も所持していない忠宝を九段坂で襲って刀で斬り殺した。
後日、忠宝が廃帝の調査をしていたことなどはまったくの誤解と判明した。また、実行者のひとり伊藤俊輔は、後に博文と名乗った。なんと、わが国の初代首相・伊藤博文は若き日、狂乱の時代だったとはいえ、テロリストだったのである。