アンソロジー文庫特集

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「短篇ベストコレクション」日本文藝家協会編

「一炊の夢」という故事がある。青年が栄枯盛衰の人生を体験するが、気がついたら、それは粥が炊き上がるほどのつかの間に見た夢にすぎなかった。一瞬の夢ではあっても、ひととき、凝縮したドラマに酔うのも悪くない。いつもと違う世界を体験したい人にオススメの文庫の短編5作。


 朝香は同棲していた10歳年下の飛夫とディズニーランドに行ったとき、祖母の麻耶さんにばったり会った。麻耶さんは「かわいい子ね。でも、朝香がふりまわされそう」と言った。そんな飛夫が突然いなくなった。

 飛夫はよくバイオリンを弾いて朝香に聴かせたが、ほかの誰かにバイオリンを聴かせるようになったと朝香は思った。美術館に行ったとき、エントランスの長い廊下で飛夫を見かけた。声をかけたら、それは飛夫そっくりの幼い表情の男の子だった。

 朝香はやがて結婚して母親になった。息子が小学生になったころ、あの美術館で飛夫に会った。2人とも駆け寄ったが、飛夫は突然消えた。

 十数年後、今度はずいぶん前に死んだ麻耶さんに会った。「飛夫は、そっちにいるの?」と聞いたら「いるわよ」と答えた。(川上弘美著「廊下」)

 2017年度に文芸誌に掲載された傑作16短編を収録。

 (徳間書店 850円+税)

「悲恋 思慕・恋情編 細谷正充編諸田玲子、澤田ふじ子ほか著

 小伝馬町の牢屋敷を預かる囚獄・石出帯刀の息子として生まれた石出新之助。ある日、年老いた下手人の処刑に立ち会った帰途、永代橋の手前で身投げした若い女を助けた。

 その娘、せんは、帰る家がないと言う。新之助はせんを、元岡っ引きの辰吉夫婦に預けるが、やがて2人は恋に落ちる。父は、由緒ある家柄ゆえ嫁にはできないが、妾ならかまわないと言う。せんの素性を調べるように言われ、辰吉に頼むが、辰吉が素性を調べたら、せんはあの日、処刑された老人の娘だった。だが、新之助は自分がせんの父を処刑した男の息子だと告白できない。自分の身元を知られて捨てられたと思い込んだせんは、何も知らぬまま、姿を消す。後に、2人は思いもかけない場で再会することに……。(諸田玲子著「悲恋」)

 時代小説の名手たちによる男女の悲劇を描いた文庫オリジナル時代小説7編。

 (朝日新聞出版 720円+税)

「鍵のかかった部屋5つの密室」 似鳥鶏、友井羊ほか著

 大叔母の成瀬富士子が死んだ。富士子とうり二つの美奈は富士子の自宅の整理を任されて、友人の武下奏太とともに大叔母宅を訪れた。北西にある部屋には鍵がかかっていたが、預かったのは玄関の鍵だけだ。

 居間の茶箪笥の引き出しに茶封筒が入っていた。中にあった紙片に「我が家には閉ざされた部屋があります。それを開けられた方には、とても価値のある物を差し上げます」と書いてある。富士子は近くの洋菓子店で菓子職人として働いていた。当時の同僚を訪ねてみると、葛城昇平が、富士子はよく、奧の書斎にこもっていたと教えてくれた。「そういえば、あの部屋の鍵が盗まれたことがあった」と言う。富士子が不在の時に、何冊かの本と洋菓子の研究ノートが盗まれたのだ。

 大叔母の若き日の秘密が封じ込められた部屋の謎を解いた、友井羊著「大叔母のこと」など、5人の犯人が隠した5つの秘密を解き明かす、競作アンソロジー。

 (新潮社 590円+税)

「作家たちのオリンピック五輪小説傑作選」浅田次郎、奥田英朗ほか著

 ソウル・オリンピックの掉尾を飾る男子マラソン。トップランナーがメインスタジアムに入ってきた。「オスカー!」「タキイ!」という声援とともに、星条旗と日の丸が振られる。1位はアメリカの黒人、オスカー、2位は日本人のタキイと見えたが、電光掲示板の1位は「ASUKA・JPN」、2位は「TAKI・USA」。タロン・アスカルはタンザニア生まれだが、日本人の牧師の養子となり、飛鳥太郎になった。プレスセンターでは、東京オリンピックで白い金持ちの国アメリカが黒い金メダルを取ったのを目撃した日本が、今度は黒い金メダルを取ったとささやかれた。ほかにも陸上競技で金メダルを取った黒い肌の日本人選手がいた。彼女たちを擁する鳥人クラブの嘉治達三も、国籍に翻弄された日本人だった――。(赤瀬川隼著「ブラック・ジャパン」)

 人種と国籍の関係を問う問題作から世相を絡めたものまで人気作家7人が描くオリンピック物語。

 (PHP研究所 860円+税)

「短編伝説 別れる理由」集英社文庫編集部編

 浅生は通夜の後で、三田弥生の甥の原田康治に声をかけた。弥生に依頼された件がうまく運ばなくて、相談にきたら弥生の通夜が行われていたのだ。別居している夫、勇之介を捜して封書を届けてほしいという依頼で、5万円の調査料ももらっていた。康治は本人が死んだのだから中止してくれと言うが、浅生は調査を続行。勇之介は同棲した女とも別れ、フローティング・ホテルにいるという。フローティング・ホテルとは、月3000円で泊まれる、運河に浮かぶダルマ船だった。勇之介を捜し出し、弥生の家が残っているから5000万円くらいで売れると教えた浅生に、勇之介は言った。

「せっかくこういう生活ができるようになったのに、なぜまた金に心を奪われなきゃならないんだ」と――。(北方謙三著「フローティング」)

 別れるときの男女の心理など「別れ」にまつわる短編アンソロジー。赤川次郎、小川洋子ら13作品を収録。

 (集英社 820円+税)

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