著者のコラム一覧
江 弘毅編集集団「140B」取締役編集責任者

1958年、大阪・岸和田市生まれ。「ミーツ・リージョナル」の創刊に携わり12年間、編集長を務める。現在は編集集団「140B」の取締役編集責任者。神戸松蔭女子学院大学教授。著書に「『街的』ということ」「K氏の大阪弁ブンガク論」ほか多数。

「山崎豊子読本」新潮文庫編集部編

公開日: 更新日:

 もちろんのことだが、山崎豊子さんのことは大阪を抜きには語れない。

 山崎さんは大阪商人発祥の船場の古い商家のご出身であり、身体これすなわち大阪である。だから山崎さんの「大阪もの」はずばぬけておもしろい。この本でも林真理子さんも「特別寄稿・大阪ものこそ面白い」で「面白い。とにかく面白い」と書いている。

 まだ毎日新聞で記者をしていた頃に書きはじめた実家と同じ昆布屋の物語である「暖簾」、吉本興業の創始者の吉本せいをモデルにした「花のれん」、船場の若旦那と、彼を取り囲む女性との人間模様を書ききった「ぼんち」、5作の短編を収めた「しぶちん」。この辺りが「大阪もの」の代表であり、それに「血で血を洗うような憎悪と怨念、葛藤を繰り広げるドラマ」とご本人がそう語る長編の「女系家族」が加わる。これらが「大阪もの」であり、この読本では「第三部・大阪から世界へ 作品ガイド1」に分類されていてそれぞれダイジェストされているのが良い。

 その「大阪もの」を生んだ場所については、山崎さんの実家や肥後橋、難波神社など「船場散歩」としておまけのように紹介されていて楽しい。

 この本の圧巻は約40ページにわたる「第二部・山崎豊子『戦時下の日記』」である。「ああ、家は焼かれていた。先祖代々の大阪の老舗をほこる小倉屋も、一晩にして失くなったのだ」と書く通り、山崎さんの実家を含めて太平洋戦争の大阪大空襲で船場は焼き尽くされてしまう。

「もうここで遂にむしやきかと観念したが、一瞬間、静まった風の間をみて、鍋をかぶって脱出した」と書き「地下鉄の改札口にべったり坐ってうずくまる人々は、昨日までは豪華な生活をしていた船場商人ばかりなのだ」との体験をつづる日記に圧倒される。

「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」の「戦争3部作」に至るのは間違いなく、山崎さん自身のすさまじい空襲体験が根底にあってのことだ。

(新潮社 490円+税)

【連載】上方風味 味な本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷に懸念される「エポックメーキングの反動」…イチロー、カブレラもポストシーズンで苦しんだ

  2. 2

    阿部巨人V奪還を手繰り寄せる“陰の仕事人” ファームで投手を「魔改造」、エース戸郷も菅野も心酔中

  3. 3

    阪神岡田監督の焦りを盟友・掛布雅之氏がズバリ指摘…状態上がらぬ佐藤輝、大山、ゲラを呼び戻し

  4. 4

    吉村知事の肝いり「空飛ぶクルマ」商用運航“完全消滅”…大阪万博いよいよ見どころなし

  5. 5

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6

    一門親方衆が口を揃える大の里の“問題” 「まずは稽古」「そのためにも稽古」「まだまだ足りない稽古」

  2. 7

    大谷ファンの審判は数多い あいさつ欠かさず、塁上での談笑や握手で懐柔されている

  3. 8

    小泉進次郎の“麻生詣で”にSNSでは落胆の声が急拡散…「古い自民党と決別する」はどうなった?

  4. 9

    ドジャース地区連覇なら大谷は「強制休養」の可能性…個人記録より“チーム世界一”が最優先

  5. 10

    ドジャース地区V逸なら大谷が“戦犯”扱いに…「50-50」達成の裏で気になるデータ