著者のコラム一覧
江 弘毅編集集団「140B」取締役編集責任者

1958年、大阪・岸和田市生まれ。「ミーツ・リージョナル」の創刊に携わり12年間、編集長を務める。現在は編集集団「140B」の取締役編集責任者。神戸松蔭女子学院大学教授。著書に「『街的』ということ」「K氏の大阪弁ブンガク論」ほか多数。

「西成山王ホテル」黒岩重吾著

公開日: 更新日:

「西成山王」という場所を口にしたり目にしたりして、「にやり」とするご仁あるいは逆に顔をしかめる人は、多分「飛田新地」を思い浮かべたからだろう。

 この本は1965年の単行本の文庫化であるが、ジュンク堂書店大阪本店では今、10面展開で平積みされている。それほど大阪人にとって西成山王=飛田新地は地元で知られた「悪所」だ。

 1957年に売春防止法が施行されて1カ月、「全国で最も強行に売春防止法に反対していた」と黒岩が書く飛田新地の遊郭「桃花楼」は、「さあ、これからは自由恋愛や、客と寝よと寝まいと、お前たちの勝手にしたらええね(略)店は飲み代と部屋の貸し賃として、30分で800円貰う、これからはお前たちの稼ぎ多うなるで」(「朝のない夜」)というやり方で復活する。

「普通の社会でネクタイをしめて暮らし」ていたサラリーマンが転落して西成山王町に住む。「なぜならここでは、友人に会う気遣いもなく、虚栄や名誉欲にわずらわされることもなく、のんびり生活できるからである」。(「雲の香り」)

「この辺りには、毎日ぶらぶら遊び、休養することが、最上の生き方だと思っている人間が余りにも多すぎる」

「酔っている者は酔い痴れているし、酔っていない者は疲れ切っている」と黒岩は記している。そんな街が西成山王だ。

 5つの短編には、先に書いた飛田新地の特殊料飲店、私娼窟、アルサロ、組事務所、百円旅館、一杯飲み屋……という普通の繁華街とはちょっと違った舞台で、プロの娼婦、客と寝る仲居、ヒモ、ぽん引き、サンドイッチマン、ちんどん屋、ヤクザの親分の娘……というちょっと変わった生業の人物が登場し、悲劇を巻き起こす。

 ほとんどが男女関係、とりわけ肉欲についての話を黒岩は描写していくのだが、底に流れるいとおしい恋愛感情の純粋さが、せめてもの「救い」として読み取れる。(筑摩書房 820円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動