「救いの森」小林由香氏
近年、子どもの虐待事件が後を絶たない。一時は保護されながらも両親の虐待で死亡した野田市の少女などは記憶に新しい。本書は、多くの人が関心を寄せる児童保護を題材にとった4章からなる小説だ。
「高校生の頃から子どもの自殺には心を痛めていて、今も子どもが犠牲になるニュースを聞くたび、悲しい思いでいっぱいになります。周りの大人に相談できなかったのかと思いますし、野田市の事件なども、どうにかならなかったのかと、本当に残念でなりません。どうにか苦しんでいる子どもの気持ちに気づけないだろうかとずっと考え続ける中、子どもの気持ちが分かるグッズがあったら……という想起から物語が生まれました」
主人公は江戸川児童保護署に勤務する新米の児童救命士、長谷川創一。
深刻ないじめや虐待を受けている子どもたちの命を守ることが職務の、厚生労働省の専門職員である。3年前に「児童保護救済法」が成立、その後、全国に児童保護署が開署された。児童救命士は保護署に配属され、24時間いつでも、子どもが自ら発したSOSを受け、出動する。
物語は、長谷川が先輩救命士の新堂と共に、義務教育期間は着用が義務の“ライフバンド”の検査に小学校へ赴いたところから幕を開ける。
「虐待やいじめは密室で行われるので証拠が掴みにくく、発見も遅れがちです。そこで小説では、被害者である子どもが自ら助けを呼べるライフバンドの装着を考えました。リストバンドのように手首に巻き、ボタンを押せば救命士につながり、駆けつけ保護してくれる。これなら親の虐待や、うまく言葉で説明できない小さな子も救えるのではないかと。けれど、事件は発見できても、本当の意味で子どもを救うのは一筋縄ではいかないんですね」
長谷川たちがライフバンドの検査をする中、目の前でボタンを押した男児がいた。4年生の須藤誠だ。いたずらではなく要救助者であることが判明したが、長谷川がどんなに尋ねてもかたくなに理由を語らない。やがて新堂から「家には帰せない」と告げられると、誠は「父親から虐待を受けている」と答えたのだが……。
「誠の場合は母親がそれですが、子どもにも守りたいものがあり、だからこそ語れないこともあると思うんです。子どもだから平気なんてことはなく、苦しみや悔しさは大人と何ら変わりはありません。子ども扱いをするとラクですが、それでは真実を見誤る。一人の人間として向き合うことが、子どもの心を開かせる鍵のように感じます」
本書では、誠のようにSOSを出しながら、真実を語らない子どもたちが登場する。子どもが抱える問題もいじめ、貧困、SNSの炎上など、まさに現代の子どもたちの闇と重なる。しかし、子どもの複雑な心理に隠され、加害者は簡単には見えてこない。大人目線で読む落とし穴でもある。
一方、児童の親に怒鳴られたり、熱意が空回りしたりとマニュアルがない長谷川たちの仕事の難しさも描かれ、お仕事小説としての側面も持ち合わせている。
「仲間の大切さも描きたかったことの一つです。長谷川が、ゆるぎない信念を持つ新堂の存在に助けられたように、誰かを救いたいと思ったとき、仲間がいれば強い気持ちで立ち向かえるもの。現実社会を見ても子どもを救うには、携わる大人を守る環境も必要ではないかと感じます」
子どもの命を守るための法整備や救命士の権限、また警察との連携まで設定が非常にリアル。生きづらい現代に希望をもたらす一冊だ。
(角川春樹事務所 1500円+税)
▽こばやし・ゆか 1976年、長野県生まれ。2006年、第6回伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞で審査員奨励賞、スタッフ賞を受賞。11年「ジャッジメント」で第33回小説推理新人賞を受賞。16年「サイレン」が第69回日本推理作家協会賞短編部門の候補作に。著書に「罪人が祈るとき」。